第11話 買い物

今日もオフェリエは私の肩に乗っている。

お姫様抱っこでは両手がふさがってしまう。

昨日は無一文だったから気にならなかったが、今はそうもいかない。

スリに稼ぎ袋を奪われかねない。


肩に乗せる時、オフェリエが少しだけ浮かない顔をしているようにみえたが、気のせいだろう。

街道で肩に乗せた時は目を輝かせていたはずだ。


スリ対策として、オフェリエの服にも少しだけ硬貨を忍ばせている。

最悪、袋を奪われても路頭に迷わぬようにというリスク分散だ。

これにはオフェリエが私のことを感心していた。


幼いオフェリエだ。

当然ながらスリというものにあったことがない。

この世の中には、物乞い、スリ、ゆすり、チンピラ、コソドロ、強盗、ギャング、賊、魔王軍と、オフェリエが知らないような、悪事を働く輩には枚挙にいとまがない。

私自身がそうであったし、今もほとんどその類である。

その対策が必要なことは身に染みてわかっている。


もっている資金は限られている。

それを使ってオフェリエを別の街に送り届けるまでに必要なものを買い揃えていき、十分な準備が整えば出発する。

そういった算段で行こうと思う。


「ニュース!

それも飛び切りの大ニュースだー!

この国の一大事をみんな聞いてくれー!

そして聞いたみんなも周りの家族や友人へ広めてくれ!」


何やら立台たちだいに登り騒ぎ立てている人がいる。

その立台を中心に人だかりができている。

私は聞かずとも予想が着いているが、私にしがみつくオフェリエの手に力が入るのを感じた。


「オフェリエ、聞いていくか?」


「はい、おねがいします」


いつになく真剣な声音が帰ってきた。

私はオフェリエを肩に乗せたまま、稼ぎ袋をしっかりと握りしめなおして、人だかりの中を進んでいく。

周りも随分と騒がしくなってきたが、この辺なら立台の声が聞こえるだろう。

オフェリエと共に耳を澄ます。


━━


異世界から勇者を召喚し、魔王の討伐に成功したこと


現国王ハロルド二世の死去、そして国王ハロルド二世こそが魔王であったこと


魔王が討たれ、勇者が去った後、王都上空へ浮遊要塞が出現し、落下を開始

魔道士団の魔法によって浮遊要塞は粉々に砕かれたが、今もなお王都に瓦礫が降り注いており非常に危険であること


主要な街道が落下した瓦礫によって塞がれ、残る街道には数日間以上かかるであろう行列を成していること


ハロルド二世の葬儀は開かれず、次期国王として王太子ヴィクター六世が即位したこと


一連の騒動の中、王族への逆恨みから、幼いフィリス王女が殺されたこと

王女の葬儀は王都や街道の復旧ののちに、改めて執り行うとし、追って日取りについて知らせがあること


━━


私が予想していたものと、そうでないものがぜとなっていた。

そして、私の逃亡については触れられていないということもひっかかる。

元魔王軍幹部だ。

自分で言うのも何だが、野放しにして良い類のものでは無いと思う。


私が考えている間、オフェリエも何かを考えているのか、2人とも聴衆が立ち去っていく中、無言でその場に留まっていた。

オフェリエの歳ではかなりショッキングな内容であったのかもしれない。

王が死に、なおかつその王が魔王であったのだ。

王女が死んだということもある。

たしか王女は5歳という若さで殺されたらしい。

同じくらいの年頃のオフェリエには、さぞかしズシリと重たく響いた事だろう。

子供と言えども、心にわだかまりができてもおかしくはないはずだ。


オフェリエが今、どんな顔をしているのかはわからない。

なんと声をかけてやればいいのやら。

重苦しい沈黙が2人を支配する。


「ねえ、そこのお兄さん。

そんなところでいつまでも突っ立ってるってことは、暇はあるんでしょ?


なら、こっちにきてこれ見ていってよ」


声がした方を振り返ると、こちらを見ていた女性と目が合った。

その表情にはこちらを値踏みするような、挑戦的な笑みが含まれていた。


「背中を向けていたのに、どうして私をお兄さんと?」


着ているボロい服は明らかに年季が入っている。

子供を方に乗せているから、もっと年齢が高く見られてもおかしくはないはずだ。

ふと思った疑問をその女性にぶつけてみる。


「まずはその手足。

服が中途半端な長さ。

それなのにみすぼらしくないのよね。

服からはみ出たところに、しっかりとした筋肉がついていて、ハリがあって、若さを主張してるのかも。


予想通り若くて、しかもけっこう……。


ところで。

その子は親戚の子か何かでしょう?

まさか、あなたの子供ってことはないわよね、全然似てないもの」


女性の視線はオフェリエに移った。

口が達者なはずのオフェリエは、なぜか先程から何も言わない。

先程の王国の公知がそれほどオフェリエにとって深刻なものだったのだろう。


「ああ、まあ、そんなところだ」


私の受け答えに少しだけオフェリエのしがみつく力が強く、くっついている面積も若干増えたようなような気がした。

オフェリエは今、何を見て、思っているのだろう?


「まあいいわ。

そうゆうことにしておいて、とにかくこっちにきて」


声をかけてきた女性が私の手を掴み、引っぱられる。

近くにきた女性からは蜂蜜と薔薇を思わせるような甘くて豊潤な香りがした。

オフェリエのしがみつく力がいっそう強くなった気もするが、バランスを崩してはオフェリエが危険だ。

姿勢を保つことを優先し、この女性が手を引くままについて行く。

直に止まるだろう時を待つ。


「わたしはマイラよ。

よろしくね。

それからここがわたしの店よ」


マイラと名乗った女性から甘い香りがした理由がよくわかった。

連れてこられたのは、立台のある広場から目と鼻の先にある市場。

その市場の入口近くに構えた花屋だった。

色とりどりの花が並んでいる。

しかし、あいにくと、私は花などほとんど知らない。

どうしたものかと困っていると、オフェリエが言葉を発した。


「リオネル、わたくしをおろしてくださらない?」


「ん?ああ、腕に掴まってくれ」


オフェリエを肩から降ろすと、オフェリエの顔が見えた。

その目は花に心を奪われているといった感じだ。


「オフェリエ、どうした?

何か気に入った花があったのか?」


華やかな場所というのは馴染みがなく、私としてはあまり居心地が良くない。

オフェリエが何か気に入ったのであれば、それを買ってすぐさま出たいところだ。


「お兄さん、そう急かさないで?

女の子の買い物は時間がかかるのよ。

気の済むまでゆっくりしていっていいんだから」


私とオフェリエの両方に話しかけながら、マイラという女性は視線を私からそらさない。

この女性、マイラは魔王が知れば私に攫ってこいと命じたかもしれない。

しかし、魔王好みの1番にはならないだろう。

花屋ということで、外での店番が多いせいか少し日焼けをしている。

健康的な魅力といえばそうであろう。

日焼けのおかげで活発な印象を受ける。

魔王は色白で物静かな女が好みだった。


「お兄さん。わたしに名前は教えてくれないの?

わたしだけ名乗ったのは少し不公平じゃない、リオネルさん?」


「既にわかっているようだが?」


私の腕に触れるマイラという女性は、至近距離で私のことを見つめてくる。

周囲の花の香りにまざって、先程の蜂蜜と薔薇のような香りがする。


「そう?

でも、まだあなたの口から教えてもらっていないもの」


なぜだかはわからないが、マイラという女性が私を誘っているような、そんなことはありえないが、そんな気がしてくる。

マイラという女性が私の体にそっと触れる度、私の胸の内側の黒い塊から蒸気が上がるのは、一体どうしてなのだろうか?

私の体を触らせるだけで、この女性が幸福を感じているというのだろうか?


「私はリオネルだ。

すまぬが、花には疎いのだ。

そもそも、花を買うのはどういった時なのだろうか?」


私は素直に質問してみた。


「お兄さんみたいな人は、例えば女性に何かプレゼントしたり、口説いたりする時とかに、花束を一緒に添えると、きっと相手の女性も喜ぶわ」


「なるほど、そういう使い道なのか。

相手を喜ばせる一助になるのだな?」


「それから、花は香りも大事よ。

落ち込んだ時ややるせない時に、気持ちを落ち着かせたりしたいわよね?

自分が落ち着ける花の香りがあると、その花の香りを吸い込むことで、そうしたいと思う気分に変えられるわ」


「自分ではなかなかどうにもならない『気分』というものを、花を使って変えることができるというのか。

それはとても興味深い」


花というものに興味が湧き、目の前にある黄色い可憐な花をもっと近くで見てみたくなった。

私の後ろで、マイラが用途についてさらに続けてくれた。


「ほかにも、お祝い事やパーティとかに飾り付けとして買っていく人も多いわ。


毎日食卓や窓際に花を飾る人もいるわね。

そういう人は、いつもにこにこしていて穏やかな人が多いの。

きっと花で彩られた人生には、辛いことも悲しいことも穏やかにしてくれる。

花は魔法のようなものだと、わたしは思うことにしているの」


手にした黄色い花の香りをかいでみると、ほのかに香る控えめなにおいだ。

たしかに、このくらいのにおいをかぐというのは、心を落ち着かせるのに調度良いのかもしれない。

気持ちにゆとりができるという彼女の話にも、少し信ぴょう性があると感じることができた。


「そうか。

それならばマイラは、花の魔法をうまく扱える花の魔法使いといったところだな」


そう、思ったことを口にした瞬間。

胸の内の黒い塊からとてつもない量の蒸気が噴出した。

私は一瞬、何か不味いことをしたのかと、黄色い花を手にしたままマイラの方を振り返った。


そこには瞳に溢れる涙を湛え、頬を紅く染める女性の姿があった。

私の何気ない一言で女性を泣かせてしまった。

が、しかしその涙の色は、私がこれまで目にしてきた悲しみや絶望の色ではない。


「うれしい……」


マイラは微かに、しかし確かにそうつぶやいた。

私の内側で噴出する蒸気はまだおさまらない。

私は次の言葉を探すも、なかなか見つからない。

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