コロポックルのコポル ~リトル・リトル・ネイバーズ~

夜桜くらは

コロポックルのコポル

 俺の友人は、少し変わったやつだ。

「変わっている」と言っても、性格や趣味嗜好しこうが、という意味ではない。外見の話だ。


 俺の友人――コポルは、とても小さいのだ。その身長、わずか17センチ。

 コポルは『コロポックル』という種族の小人なのだ。


 俺たちが暮らす世界には、人間以外にも様々な種族が存在している。だが、その中でもコポルのような小人は珍しい部類に入るだろう。俺が出会ったのも偶然だった。



 それは、俺がまだ大学生だった頃のことだ。

 バイト帰りに駅前の本屋へと立ち寄り、雑誌コーナーを眺めていた時のこと。開きっぱなしにされていた雑誌の上に、コポルはいた。


「……っ!?」


 俺は驚きのあまり、思わず声を漏らしてしまった。なぜなら、そこに小さな人間がいたからだ。

 そいつは器用にページをめくり、山だか谷だかわからないような写真を眺めては、何やら考え込んでいるようだった。


 ……なんだ、これ。俺は幻覚でも見ているのだろうか?

 その光景は、あまりにも奇妙だった。しかし、不思議と怖いとは感じなかった。むしろ、どこかコミカルな印象すら受けたほどだ。


 しばらく観察していると、やがてそいつはこちらの視線に気づいたようで、ゆっくりと振り向いた。


「……あっ、すいません! 退きますね!」


 そう言って、そいつは慌てた様子で雑誌の上から飛び退いた。『アウトドア特集!』と大きく書かれたタイトルが目に入る。こいつは山登りが趣味なのだろうか? そんなことを考えながら、俺はそいつに声をかけた。


「いや、別にいいよ。それより、それ面白い?」


「はい、とっても!」


 俺の問いに、そいつは笑顔で答えた。その表情は無邪気で、まるで子どものようだった。


「そっか、俺も読んでみようかな」


 そう言いつつ、何気なく開かれたページに目を向ける。そこには、とある山の山頂から撮ったのであろう絶景の写真が載っていた。


「……すごいな、これは」


 思わず感嘆の声が漏れる。それほどまでに美しい景色だったのだ。ふと隣を見ると、そいつは目をキラキラと輝かせながら記事を見つめていた。山が好きなのは間違いなさそうだ。


「なあ、あんた……」


 そこまで言いかけたところで、俺は言葉を飲み込んだ。なんだか、妙に馴れ馴れしい感じになってしまった気がする。

 相手は小さいからか年下っぽく見えるが、実際はどうなんだろうか。少なくとも、初対面の人間に対する態度ではなかったかもしれない。


 俺が黙り込んでいると、そいつは不思議そうに首を傾げて言った。


「あの、どうかしましたか?」


「あ、えっと……名前、なんていうん……ですか?」


 結局、ぎこちない敬語で尋ねることにした。すると、そいつは一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、すぐに笑顔を浮かべて答えた。


「僕の名前はコポルです! あなたの名前はなんですか?」


 それが、俺とコポルとの出会いだった。



 その後、俺たちは近くの喫茶店に場所を移し、色々な話をした。その中で、コポルは自分のことについて色々と話してくれた。


 彼は、身体は小さくても中身は普通の成人男性と変わらないらしかった。俺と同じ20歳だと知って少し驚いたが、話しぶりや雰囲気からして納得できた。

 大抵のことは一人でこなせるらしく、普段はアルバイトをしながら生活しているそうだ。

 ただ、やはり身体の大きさのせいで、日常生活では色々と不便があるようだ。


「例えば、スーパーとかで買い物をする時なんかは大変ですよ。棚に登って商品を取ることが出来ても、下ろすのに苦労しますから。カゴに、そっと落とすんです」


「そうか……ん? それじゃあ、卵なんかはどうするんだ?」


「えっと……壊れやすい商品は、店員さんを呼んで取ってもらってます。でも、少し申し訳なくて……」


 そう言って、コポルはしょんぼりと肩を落とした。その様子を見て、俺は気の毒に思ったが、同時に少し微笑ましくもあった。きっと、真面目な性格なのだろう。


 それからしばらくの間、俺たちは互いのことを話し合った。好きな食べ物や趣味の話、最近あった出来事など、本当に他愛のない話ばかりだったが、それでも十分に楽しかった。

 そして、別れ際になって、俺はある提案をした。


「なあ、また会えないか?」


「えっ……?」


 俺の言葉に、コポルは驚いたように目を丸くした。無理もないだろう。今日初めて会ったばかりの相手にこんなことを言われて、戸惑わない方がおかしいというものだ。だが、この時の俺には確信めいたものがあった。

 こいつとは、きっと長い付き合いになる。根拠はないが、なぜかそんな気がしたのだ。


 俺の言葉を聞いたコポルはしばらく戸惑っていたが、やがて照れ臭そうに笑いながらうなづいた。


「僕で良ければ、喜んで」


 片手を差し出してくるその姿は、さながら握手を求めているように見えた。俺はその手をそっと握り返すと、改めて言った。


「ああ、よろしくな」


 こうして、俺とコポルは友人になったのだった。


◆◆◆


 それからというもの、俺とコポルはよく一緒に遊ぶようになった。

 2人でいろんな所へ行き、たくさんの思い出を作った。それは俺にとって、とても楽しい時間だった。


 特に印象に残っているのは、キャンプに行った時のことだろうか。コポルの提案で、2人だけでテントを張って野宿をしたのだ。

 どちらかというとインドア派だった俺は最初こそ戸惑ったものの、いざやってみるとなかなか面白かった。

 そこで分かったことだが、コポルには魚釣りの才能があった。木の枝と糸を使った即席の釣竿で、自分とほぼ同じ大きさの川魚を次々と釣り上げていく様は、まさに圧巻というべき光景であった。


「すごいじゃないか!」


 俺がそう言うと、コポルは少し照れくさそうな表情を浮かべながら言った。


「実は、昔からこういうのが得意なんだ。よく1人でもやってたから」


 その言葉に、俺は感心した。確かに、小さい身体を活かしたサバイバル術というのはあるのかもしれない。そんなことを思いつつ、俺も負けじと奮闘したのだが……まあ、結果はお察しの通りだ。


 そんなわけで、その日はコポルが釣った魚を焼いて食べた。コポルは魚1匹だけを取り分に、残りを全て俺にくれた。さすがに悪いと思い断ろうとしたが、彼は首を横に振って言った。


「いいんだ、僕は少食だから。……それに、君と一緒に食べた方が美味しいしね」


 屈託のない笑顔でそう言われると、それ以上は何も言えなかった。俺は素直に礼を言うと、コポルと並んで焚火たきびに当たりながら魚を食べた。塩を振って焼いただけのシンプルなものだったが、今まで食べたどの料理よりも美味しく感じたのを覚えている。


 そこから俺はキャンプにハマっていき、暇さえあれば道具を買い集めるようになっていった。

 そんな俺を見て、コポルはとても嬉しそうにしていたものだ。持っている知識を生かしてあれこれ教えてくれる彼のおかげで、俺も随分とアウトドアについて詳しくなったと思う。


 小さなコポルは、俺に多くのものを与えてくれた。彼の見ている世界はいつもキラキラと輝いていて、いつも俺をワクワクさせてくれたのだ。


◆◆◆


 そんな関係は、大学を卒業してからも続いた。さすがに社会人となってからは頻度が下がったものの、今でもたまに会っては遊びに行く仲である。

 今日もそうだった。仕事終わりに待ち合わせをして、行きつけの居酒屋で飲んでいるというわけだ。


「それにしても、お前に恋人ができるなんてなぁ……」


 しみじみとした口調で、俺は言った。

 そう、今日はコポルに恋人が出来たお祝いということで飲みに来ているのだ。ちなみに、その相手とはもう同棲しているらしい。やるじゃねぇか。


「うん、自分でも驚いてるよ」


 日本酒をさかづきで飲んでいたコポルは、ほんのり顔を赤らめてそう言った。その顔には、幸せそうな表情が浮かんでいるように見える。小さな盃が、まるで力士が優勝した時に使っているような大盃に見えるのだから、面白いものである。


「どんな子なんだ? 写真とかあるのか?」


 興味本位で尋ねると、コポルは少し悩む素振りをしながら答えた。


「そうだな……すごく可愛いよ。控えめだけど、芯の強いところもあるんだ」


 どうやらベタ惚れらしい。話を聞く限りだと、かなりの美人さんのようだ。正直言って羨ましい。俺にも誰か紹介してくれないかなぁ……。

 そんなことを考えながらビールをあおっていると、コポルが口を開いた。


「今度、会わせてあげるよ」


「え……? いいのか!?」


 突然の申し出に驚きつつ、俺は身を乗り出した。覆い被さるような体勢になってしまったことに気付き、慌てて元の位置に戻る。いかんいかん、つい興奮してしまったようだ。

 反省しつつ、姿勢を正す俺に向かって、コポルは微笑みながら言った。


「もちろんさ。僕たち友達……いや、親友だろ?」


「……ありがとな」


 なんだか気恥ずかしくなってしまい、うつむきながら答える。すると、コポルは小さく笑いながら続けた。


「どういたしまして。じゃあ、詳しい日程が決まったら連絡するね」


「おう、楽しみにしてるぜ!」


 そう言って笑い合う俺たちの間には、確かな友情が存在していた。俺は、いつまでもこんな関係でありたいと、心の底からそう思ったのだった。

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