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ゆきまる書房

第1話 そこは駅前の寂れた本屋

 私が住む町は、怖い話に出てくるような田舎ではなく、都会に比べたら田舎くさい。程よく都会で、程よく田舎。そんな町。

 最寄りの駅の前には閑散とした商店街があり、その中に小さな本屋がある。私の両親が子どもの頃からある、かなり古株の店だ。学校からの帰り、そこに立ち寄るのが私の日課だ。

 ある日、気になっていた俳優が表紙を飾る雑誌を立ち読みしていた時だ。俳優のインタビュー記事を読んでいると、視界の端に何かが映る。チラチラと目に入る黒い何かは見間違いだと思い、その日はしばらくしてから立ち読みをやめて、その雑誌を購入した。

 しかし、それからだった。私が立ち読みをする間、視界の端に黒い何かがちらつく。最初は見間違いか虫だろうと思っていたが、日を追うごとにそれは姿を見せ始めた。ボサボサの黒髪だった。それを理解してから、今度は顔の輪郭とおぼしき肌色が見え始めた。間もなく、赤い唇も見えた。

 人ではないことは明らかだった。私が立ち読みする場所は決まっており、位置を考えると黒髪の主は壁から生えていることになる。怖かったのは始めだけで、輪郭が見え始めてからは、一体どんな顔をしているのかが気になった。日に日に露になる顔に、果たしてどんな顔の持ち主なのか、という気持ちが強くなってくる。

 そして、その日はやってきた。その前日は鼻まで見えた。いよいよだ。私は目の前の本に集中しているふりをしながら、視界に入る肌色を待ちわびる。しばらくして、やっと現れた。髪、唇、鼻……。そして、目。息が止まるかと思った。その顔は、寝起きの私そっくりだったからだ。硬直する私をまっすぐ見つめ、私と同じ顔は口を開く。

「ソレ、オモシロイノ?」

 それからというもの、私のそっくりさんは立ち読みをする私に、私が読んでいる本の感想を話すようになった。人がいない商店街の中では、彼女の話し声が良いBGMとなっている。

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