砂漠の本屋

三夏ふみ

砂漠の本屋

最後の時なんて、こんなもんさ。


男は力を振り絞り仰向けになった。何処までも続く砂の地平線、喉が焼け全身から全てを搾り取るように太陽が照りつける。もう、うめき声も上げられない。


この光景どこかで見た記憶があるな。


切れかけの思考回路が問いかける。だが、思い出せるはずもない。上空に小さな影が旋回している。


ふと、何かの気配がして頭の上に視線をやる。



「いらっしゃい」



丸い小さな黒眼鏡、黒いハットに、黒い燕尾服に、ちょび髭の男が覗き込んでいる。


「いやいやお客さんラッキーだね、今日は色々入荷してるよ」


そう言って立ち上がると頭の上へと離れていく。目線で男を追うとそこには、一台のリアカーが。荷台には、ぎっしりと本を携えた三角屋根付きの本棚が積まれている。


「えぇっと。どこだったかな」


人差し指は背表紙を踊りながら、鼻歌混じりに楽しげな声で探し出す。


「あったあった。お、お客さんいい趣味してますな」


そう言って戻ってくると一冊の本を差し出した。深い青。金の箔押しが施してあるその本を見た瞬間、鮮明に頭の中を駆け巡る青い記憶。


そうだ、この本だ。親父が大切にしていた本。どうしても読みたくてこっそり忍び込んだ書斎で盗み見たそれは、想像もしていなかった内容だったけ。


砂の海を行くひとりの砂賊さぞく。白虎と手長猿を友に連れ、いつもは冗談ばかり、だがここぞと言う場面では、お得意のサーベルといかしたセリフ混じりにピンチを切り抜ける。人食い砂塵族さじんぞく砂虫さちゅうの群れ、宿敵ビッグクローにオアシスの歌姫とのロマンス。そして目指すは秘宝“瑠璃色の海”。


夢中で読んで気がついたら辺りが暗くなっていて焦ったけ。そうだ思い出した冒頭、主人公は砂漠で野垂れ死に寸前だった、今の俺の様に。たしか最初のセリフは……。


「あ。お客さん冷やかしですか?勘弁して下さいよ」


そう言って黒眼鏡の男は再び立ち上がると、しょげた足取りでリアカーに戻っていく。


「久しぶりの客だと思ったんだがな」


首を傾げながらリアカー引く、黒眼鏡を見送りながら意識が遠く薄れていく。













「良かった。大丈夫ですか?今、水を」


長い黒髪に程よい小麦の肌、瑠璃色の瞳が安堵の微笑み浮べる。


「お嬢さん、それよりもワインを一杯もらえるかい」


俺はしゃがれた声でそう言うと、彼女が手にしている、青色の本にウインクした。

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