第25話 敵と味方

「聖女様、ご無理はなさらないで下さいね。お嫌ならすぐ下がれば良いですから」


「ありがと、ケネスは優しいねー」


何人もの王侯貴族と挨拶を交わしながら、飄々としている小百合を見て、無理をしているのではないかとケネスは心配していた。


だが、小百合は昨夜覚えた魔法で、形式的な挨拶を繰り返しているだけだったので身体的にも、心理的にも負担はなかった。魔法を駆使してマナーを無理矢理覚え、聖女を見定めようとする者達を逆に翻弄していた。名前や顔を記憶して、心の内を探る。


『魔法、ちょー便利。それにしても、やっぱり偉い人は裏があるなぁー……。全部把握しきれないし、後で整理しよっと。カメラみたいに録画出来る魔法、便利だわ。しかも、時間や人を指定したらすぐ飛べる。スキップ機能や字幕機能が優秀過ぎる! 魔法最高!』


パーティーに出席したジーナは、改めて自分の世話係にケネスが選ばれた事に感謝していた。あんなに裏表のない人はそうそういない。


小百合はすっかりケネスを信用していた。丁寧だがどこか距離のある対応をする小百合は、ケネスにだけはとても優しく、気さくだった。


目敏い貴族達はすぐに気が付き、ケネスを取り込もうと動き出した。


娘を薦める者や、自ら擦り寄る令嬢も現れたが、小百合の世話があるからとケネスは全て丁寧に断る。そんな中、新たな令嬢が挨拶に訪れた。


「こんばんわ。聖女様、ケネス殿下」


「こんばんわ。サユリです」


『妖艶な美女ねー。ちょっと露出が凄いけど、似合ってるわ。さ、この人は敵か、味方か……』


「ジェシカ・パット・ハントと申します。どうぞお見知り置き下さい」


「ジェシカね。よろしく」


『うわぁ……この人はドロドロしてる。ってか、ケネスを馬鹿にしすぎじゃない? え、それでこんな平気な顔で挨拶すんの? 貴族、こわっ! しかも私が呼び捨てにした事にキレてるー! 知らないわよ! ケネスが全員呼び捨てにしろって言ったんだから! 国王すら呼び捨てなのよ? けど、それで良いってみんな言うし……。大体、王子の方が偉いわよね? ケネスを呼び捨てにしてんのに、この人をさん付けなんかで呼ばないわよ。あーもう! イライラするよー! なんとか逃げられないかな。あれ? ジーナがいる。メイド服、めっちゃ可愛い! 相変わらずケネスを熱い目で見てるわ。はぁ、癒されるわぁ。この人も美人だけど、ジーナの方が綺麗だわ』


小百合が考え事をしてる間に、ジェシカはケネスに色仕掛けを開始していた。


「ねぇ、ケネス殿下、わたくし、殿下とあまりお話しした事がないんですの、ゆっくり二人でお話ししませんか?」


妖艶に笑って、ジェシカはケネスの腕を取った。わざとらしく胸を押しつけるジェシカに、男達の目は釘付けになる。


が、ケネスは冷たくジェシカの腕を振り払った。


「失礼、僕は聖女様をお守りしなければいけませんので、腕を空けておかないといけないんです。僕に触れるのは、ご遠慮頂けますか? 聖女様の為ですから、ご理解頂けますよね?」


「……ええ、失礼致しました。そうそう、ケネス殿下のお気に入りの侍女はどちら?」


「彼女は裏で仕事をしています」


「お会いしてみたかったんだけど、残念だわ。そうそう、聖女様、我が領地……」


「ジェシカ・パット・ハント。聖女様へ直接依頼する事は禁じられている」


王族らしく、厳しい声でジェシカを批判するケネスに会場中の者が息を呑む。


「……失礼、領民が困っていたものですから……つい……」


「ジェシカ、ごめんね。私は来たばかりだから魔法を使いこなせてないの。だから、私に何を頼みたいかは知らないけど、ケネスを通してくれる? 明日から私がどんな事が出来るのか調べて、それからみんなを助けるつもりだから」


「……承知しました」


「わざわざそんな事言うなんて、ジェシカは領民の事を大事にしてるんだね。ねぇ、ジェシカの領地の領民は何人くらい居るの?」


少し腹が立った小百合は、ジェシカに質問をぶつけた。


「……え……?」


「知らないの? 大事な領民なんでしょ?」


真っ赤な顔をして黙りこくったジェシカを放置してケネスが淡々と説明する。


「ハント公爵の領地は広いので、領民は5万人程ですね。正確な数字は覚えておりません。勉強不足で申し訳ありません。早急に調べて、お知らせします」


「あ、いや、正確な数字は要らない。なんでケネスは覚えてるの?」


「一応、王族ですから。領民がいないと我々の存在意義はありません。貴族もそうです。だから、支えてくれる領民の数くらいは覚えていますよ」


「この国の人口ってどのくらい? あーいや、大陸の人口知りたいな。ねぇ、地図とかある?」


「ありますよ」


「あとで見たい。この国だけに魔法をする訳じゃないわよね」


「はい、まずは困っているところから魔法をお願いしたいです」


「そもそも私がどれくらい魔法を使えるか分かんないわよね……。一応、魔法が使える事は確認してるけど」


「聖女様が無理をなさる事はありませんよ」


「でも、私って肥料でしょ?」


「肥料って……! 誰ですかそんな失礼な事を言ったのは!!!」


「過去の聖女が残した本に書いてあった。だから、聖女はそう感じてたみたいね」


「……聖女様がそんな風に感じていたなんて……」


「落ち込まないでよ。っと、こんな話は後の方が良いね。ジェシカだっけ? もう良いよ。これから会う事はないだろうし。ねぇケネス、疲れちゃった。少しだけ休憩したいの」


『ごめんね。けど、アンタの考えてる事は許せない。早く、ケネスに伝えなきゃ』


「承知しました。ジェシカ、下がれ。サユリ様、あちらに飲食物があります。何がよろしいですか?」


「飲み物、欲しい。あと座りたい。できたら、人の少ない所で」


「分かりました。一旦下がりますか?」


「いや、良い。ちょっと人が少なければ構わないわ」


聖女の意志を汲んで、パーティーの参加者はケネスと小百合から距離を取る。


飲み物を渡され椅子に座ると、小百合はケネスに耳打ちをした。


「ねぇ、ケネス。あそこで睨んでるオッサン、誰?」


「あれは……ハント公爵ですね。先程のジェシカの父親です。娘を溺愛していますから、ジェシカに恥をかかされたと怒っているのでしょう。しかし、聖女様を睨むなどあってはならない。すぐに注意して参ります」


「いい。それどころじゃないの。アイツ、ヤバいよ。ジーナを殺そうとしてる。危険を察知する魔法があってね。それに引っかかった。パーティーでケネスから離れてる間にやるって……ねぇ、ジーナって今何処にいる? さっき、いたよね?」


『殺すかは分からないけど、あのオッサンの思考、ヤバすぎる。ジェシカもヤバかったけど、その比じゃない。気持ち悪い……』


「ジーナを……狙ってるんですか……?」


「う、うん……間違いないと思う。魔法、使ったし。多分さっきのジェシカって子も知ってるんじゃないかな? ケネスに、ジーナの事を聞いてたじゃない?」


目が一気に澱んだケネスを見て、小百合は慌ててケネスの思考を読んだ。彼の心はジーナの事でいっぱいだった。


『あーあ、こりゃジーナは逃げられないわ。ケネスって、意外とヤンデレ? んー……ちょっと違うかー……コレはコレで萌えるわぁ。っと、とにかくジーナの無事を確かめなきゃ!』


小百合の魔法は、的確にジーナの現在位置を捉えた。


「ケネス、ジーナは食堂。複数の男がジーナを見てる」


「サユリ様ごめんなさい! 僕……」


「行って! 後は適当になんとかするから!」


「ありがとうございます!!」


ケネスが慌てて会場から走り去ったのを見た貴族達は、やはり出来損ないには荷が重かったのかと陰口を叩いたが、小百合が秘密のお願いをしたのと笑えば、黙りこくった。


ケネスの目が澱んでいた事を察した兄と弟が小百合をフォローし、パーティーはつつがなく終了した。


小百合から情報を得た王太子と第三王子はハント公爵とジェシカを秘密裏に拘束するよう命じ、命令は的確に実行された。

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