幽霊の本屋

冬野瞠

ある男の曰く

 幽霊の本屋って知ってるか? 本屋に幽霊が出るんじゃないぞ。存在しないはずの本屋、それが幽霊本屋だ。

 いつかの月日の深夜二時過ぎ、どこかの街角にそいつは出現する。

 入れる客は一日に一人きり。

 本棚に並ぶのは、この世から喪われた本ばかり。手書きの本、自費出版本、世界中の稀覯きこう本、なんでもござれだ。

 ただし、買えるのは一冊だ。たった一冊だけ。客が本当に必要としている本を買えたなら、客が退店した後に本屋は跡形もなく消える。

 そして、幽霊本屋には二度と入れない。

 覚えといて損はないぞ、坊主。



 客が必要としてない本を買ったらどうなるのか、って?

 いい質問だな。お前さんは頭が回る。

 もし違う本を買っちまったら、元の世界に帰れなくなるんだ。本屋の幽霊には店主がいるんだが、そいつは元々ふらっと来店した客だったのさ。その店主と入れ替わりに、ミスした客は店主役を継がないといけなくなる。

 そう、次にミスを犯す客がやってくるまで。

 自慢じゃないが、俺はその本屋でしばらく店主をやってたんだよ。いやに幽霊本屋に詳しいと思っただろうが、そういう理由わけでね。

 嘘だろう、って? そう思ってもらってもいいが、嘘をついたって何の得にもならないだろ。俺がそんな無駄骨を折る人間に見えるかい?

 ……はは、初対面なのに人間の内面なんて分かるわけないわな。

 実を言うとな、俺を本屋から救い出すために親友が自分の身代わりになったんだ。わざと欲しくもない本を買って、俺を助けたのさ。馬鹿だよな。こんなろくでなしよりそいつの方が人望も地位もあったのによ。



 あんたの言ってることはおかしい? そりゃそうだ。こんなもんただの与太話……いや、そういうことじゃないって?

 なるほど、俺がその親友を救いたいなら真実を教えるわけがない、帰れる条件は嘘なんだろう、って言うんだな。嘘を教えれば、親友を助けられる確率が高まるから。

 一理あるな。やっぱりお前さんは頭が回るよ。

 ……本当のところはどうなのか? さあてね。俺がそんなに親友を思っているか、ただ坊主の興味をきたいだけか、お前さんが判断すればいい。

 じゃあな、坊主。話を聞いてくれて嬉しかったよ。


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