18. お母さんなんか

 ――悪夢なんかに負けるわけない。


 って言ったのはスーリでした。

 駅にいたんです。夜でも眩しく見える花柄のひとつながりワンピース。それに手作りのステッキを持っていましたから、すぐにわかりました。

 ステッキの下側の端っこを手のひらでくるんで、柄を腕に沿わせるよう持つ人、あたしはスーリぐらいしか知りません。

 真っ白い肌、ぺったり黒い髪、ツンと高い鼻、鋭い目つきに小さな瞳。


 なんでいるんですか?


 ――うわぁ、それ言っちゃう? チビで半人前のエーラちゃんを迎えに来たんだよ。ルルビッケもジケも成人ほやほやでまだ危なっかしいし? ペルねぇの手を煩わせるほどでもないし? だからその次に年上のわたしが来たと。


 そういって、さっさと歩き出しました。あたしはスーリの花柄を追いかけました。

 あたしだって、ひとりで帰れないわけじゃないですよ。


 ――そりゃそうだろうけどさ。あー、本音を言えば、ちょっと話したいことあったんだ。ここんとこ悪夢が流行はやりでしょ?


 じゃ、スーリも嫌な夢見てるんですか?


 ――いやいや。わたしの使い魔はコウモリだよ? 悪夢なんかに負けるわけない。むしろ扱う方。


 パタパタとコウモリが飛んできて、ステッキの握りハンドルにぶら下がりました。イコです。得意げです。子ブタみたいに潰れた鼻と大きな耳。黒い翼、黒い身体に白い襟巻きみたいな毛を生やしています。

 逆さまのイコは軽く首を傾げてあたしを見てました。何かを促されている感じでしたので、迎えに来てくれてありがとうございます、とふたりに伝えました。


 ――ご丁寧にどうも。それで悪夢の事なんだけど、これ知ってるかな? 流行はやってんのはあんたのせいだって噂があるんだよね。


 は?


 ――悪夢が流行はやり出したのとあんたが寮に来たのとが、だいたい同じ頃じゃないか、だってさ。


 あたしなにもしてません。


 ――わかってるって。あんたを近くで見てりゃ、使い魔もいない、泡魚あわうおも満足に呼べないヘナチョコが、他人の夢をどうこうできるわけないでしょって思うよ。


 ……泡魚は、呼べるようになりましたもん。


 ――あれ? そっか。ごめん。でもあんた、婆猿騒動ばばざるそうどうがらみでウチに入ってきてるしさ。まぁ得体の知れないナニカって思っちゃう奴もいるってことだよ。やだやだ魔法使いのクセに。


 そんなこと話して、あたしにどうしろって言うんです?


 ――仕事にする気ない? 受付票書くのジケにでも手伝ってもらってさ、協会の調査部にきっちり働かせればいいよ。っていうかあんたも調査部か。こんなことはさぁ、白黒はっきりさせればいいんだよ。得体の知れないナニカを、得体の知れたナニカにすんのも仕事なんだから。




 その得体の知れないナニカが今。

 あたしの夢で。

 スーリを締め上げていました。




「やめて! やめてよ! スーリが死んじゃう!」

 スーリの腰を横から噛んで、ねじれるように絡みついた影のへび。スーリの身体もねじれて、引っ張られて、はみ出た腕がだらんとしていました。

 助けに行きたいのに、あたしはお母さんと手をつないだまま、離すことができません。

 離してお母さん。今は散歩どころじゃないの。


 ――泣いたって、ゆるさない。

 ――泣き声なんて、あげさせない。


 あたしがいます。青灰色の重たそうな髪、厚ぼったい眠そうなまぶた、みすぼらしい、やせっぽちな体。

 スカートの中から落ちる太い影はへびになって、足元から何本も何本もうねっています。

 夢だ。夢です。わかってるんです。なのに抜けられないんです。


 ――おまえたちなんか。


 どん。


 へびが一斉に伸び、人を巻き取って絡まりました。

 ペルメルメさんが。アコーニが。ジケが。ルルビッケが。

 ねじれて。


 ――ころして


「だめえええええっ!!」


 ぐん、と左手が引っ張られます。

 

「離して! お母さん離して!!」

「だめよ。いやだわ、どうしたのカーラ?」

「違う。違います。違うんです! あたしは、カーラじゃないんです!」

「なにを言っているの。ほら、いい景色よ。大社殿たいしゃでんの鐘が光って見えるわねえ」

 あたしはお母さんの手をどうにか引きはがそうとしながら、へびのあたしへ振り向きました。

「ねえやめて! みんなはちがうでしょ!? なにしたっていうの!?」


 ――スーリにいじわるな事を言われて腹が立つ。

 ――アコーニからなんだか避けられててかなしい。

 ――ペルメルメにおこられておもしろくない。

 ――ジケがいいものを食べててうらやましい。

 ――ルルビッケはおうちが幸せそうでずるい。


 そんなこと


 ――思った。


 ……でも、こんなのは、ちがう……!


「ほらカーラ。銀梅花ミューテの花よ。実がなったらシロップ漬けにしましょう。冬になったらお湯で割って飲みましょうね」

「お母さん、聞いて」

「向こうの広場で、お弁当を食べましょう。お天気がいいからきっと気持ちがいいわ」

「離してください、離して……!」

「お芋と玉ねぎの卵乳焼クイッシュ、あなた好きでしょう?」

「聞いてよ、ねぇ! 友達が!」

「まあ! カーラのおともだち!?」

「違う!!」

 なんで、いつもいつも!

「エーラの!!」


 あたしは後ろにひっくり返りました。お母さんの手が離れていました。


「エーラ?」

 きょとんとするお母さんの顔がぼやけました。

 夢でも鼻はツンとして、夢でも頭は熱くなりました。

 悪かったですね。

 エーラで、悪かったですね。

 大っ嫌いだ。

「お母さんなんか、だいっきらいだ!」


 立ち上がります。振り向きます。走ります。足が遅くて腹が立ちます。


 ――


 へびのあたしがいいました。

 へびのあたしは、お婆さんみたいな顔でした。

 

 あたしはあたしにとびかかって


 ――喰わせろ。


 あたしに、ころされました。

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