妖精の豆本屋

大田康湖

妖精の豆本屋


 学習塾の帰り道。突然、しおりの頭の上で何かがはねた。地面に落ちてきたのは草で編んだ小さなトランクだ。

(なんだろう)

 しおりはトランクを拾い上げると、手のひらに乗せる。その拍子にトランクの蓋が開き、中身があふれ出た。しおりはあわてて両手で受け止める。

 トランクに入っていたのは小さな本だった。一つ一つの表紙に布が貼られており、かすかに草の香りがする。試しに一冊開いてみると、細かい文字らしきものがびっしりと書かれている。

 その時だ。しおりの頭にまた何か落ちてきた。しかし今度は落っこちてこない。しおりの耳に、かすかな声が聞こえてきた。

「お嬢さん、お嬢さん」

 しおりの顔の前を、10センチくらいの羽の生えた人が飛び回っている。緑色のもじゃもじゃの髪の毛にピンクの肌、白いエプロン姿だ。

「よ、妖精?」

 驚くしおりに、妖精は話し続けた。

「拾ってくれてありがとう。その本、売り物だから傷つくと大変だったんだ」

「これ、妖精さんたちの本なの?」

「ああ、今まで住んでた人間界の本屋が店を閉めるっていうんで引っ越し中なんだ」

 しおりは他の本も開きながら妖精の話を聞いていた。文字が書かれた本や、絵本のような絵と文章が入った本、料理の作り方や服のカタログらしき本もある。

「ねえ、売り物なら私にも買える?」

 しおりの問いに、妖精は少し考えると答えた。

「人間のお客さんなんて初めてだけど、代金は俺持ちで一冊だけあげるよ」

「それじゃ、これください」

 しおりは妖精たちが色々な服を着ている本を選ぶ。その間に妖精はトランクに本を入れ、蓋を閉めた。

「いっけねえ、急がないとおやじに怒られる。じゃあな」

「気をつけてね」

 トランクをつかむと妖精は空高く飛び上がり、春の空に溶け込むように消えた。残ったのは豆本だけだ。裏表紙を開くと、さっきの妖精の顔が描かれた日本語の奥付があった。

「またどこかで会いましょう」

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