本屋は過ちに満ちている

どこかのサトウ

本屋は過ちに満ちている

 環境破壊が随分と進んでしまったこの世界では、すべての本がタブレット端末で提供されることになった。


 今まで残っていた古い本も、新たな資源として再利用するべきという意見が支持され、形のある本はこの世界から姿を消してしまった。


 だが本を紙媒体で残そうとする反社会派の人間が地下に潜り徹底抗戦を唱えているらしい。


 俺はそれを取締る公安側の人間だ。だが最近になって気になることがある。


 彼らが言う、人工知能に頼り効率を求めすぎた結果、人間は退化したというのだ。


 最初は皆と同じように俺も鼻で笑った。進化の間違いだろうと。


 この世界は何もかもが電子データ化されネットワーク上に存在している。欲しい本は検索するだけで見つかり、支払いも電子マネーで瞬時に終わりすぐに読むことができる。


 情報技術が目覚ましい速度で発展していくにつれ、人間という生き物は極限にまで効率を求めていった。


 その証拠に、人工知能がSNSから瞬時に探し出した反政府組織の地下拠点の予測結果は、膨大なネットワーク内に存在する124万件という情報を精査して、数秒も掛からずに的確にそれを導き出したのだ。


 だがふと、俺は思ったのだ。以前本を読んだのはいつだったのかと。そういう意味では、俺は進化も退化もしていないのではないだろうかと。


 そんなことを考えながら、俺はその地下拠点があるとされる本屋へとやってきた。


 自動ドアが開くと、いらっしゃいませと機械音が聞こえた。


 足を踏み入れまず目についたのが、広い通路の両脇に等間隔で置かれた様々な種類のタブレットだ。そう、これが今の『本屋』だ。


 街の電気屋でも同じ光景が見られ、売られている。都会の一等地にまで来て、タブレット端末を購入する必要性は全く感じられない。


「……怪しい。これは何かある」


 ちらほらと客らしき人はいる。当然、店員はいないようだ。そのまま奥へと進む。


「……ここか?」


 カーテンで隠された、従業員の入り口らしき場所。


 俺は壁に背を預け、銃を構えながら無線を飛ばす。


「ID1003から公安本部、ID1003から公安本部」


『こちら公安本部、どうぞ』


「現場到着。えー、今から潜入を試みる」


『公安本部、了解』


 そこは地下へと降りる階段があった。薄暗いその場所を慎重に歩みを進める。


 その瞬間、蛍光灯が明滅する。


「——見つかったっ!?」


 俺は銃を突き出し周囲を確認する。額から一筋の汗が流れ落ちる。


「……」


 どうやら熱源で反応して明かりがつくタイプのようだ。初手から油断した。ここは敵地なのだ。気を引き締めて行こう。


 無事に地下一階へと到着したことで汗を袖で拭う。だが階段はまだ地下へと続いており、そこから独特な匂いが生温い風と混ざり合って吹き上げてくる。


 ここに長くいてはいけない。戻って来れなくなる、そんな予感がした。


 まずはこのフロアがどうなっているのかを確認するべきだろうと、俺は半開きになったガラスの自動扉の前まで近づいて、中を盗み見る。


「バカな! これが全て、本だというのか!?」


 フロアが本で埋め尽くされていた。天井まである本棚に紙でできた本が何冊も入っている。


 人の気配がないことを確認し自動扉を潜り抜け、中に侵入してすぐに立ち止まる。


「むむっ、今話題の本だと? 今はこんなものが話題なのか」


 自然と手に取っていた。表紙、裏表紙と軽く眺める。ふと帯が目に入る。


『大注目、あの有名作家が大絶賛』と書かれている。裏をめくると『まったく小学生は最高だぜ!』と書かれているではないか。


 凄まじいパワーワードだ。この一言だけで、これがいかに危険な本だということが理解できた。いや、理解させられた。


 中を確認しようと表紙を捲るギリギリのところで、俺は思い出した。ここは敵地だと。


 無意識だった。周囲に誰もいなかったのは本当に幸いだった。何か大事なものを失ってしまうような、そんな気さえした。


 少しも、これっぽっちも名残惜しくはないが、それを本棚へと戻す。そして話題の本コーナー全体を眺める。


「俺の知らない書籍が、こんなにもあるのか」


 シチューが描かれた料理本、有名な観光スポットが表紙の旅行本、ドラマ化、アニメ化された漫画や小説。様々なジャンルの本が多岐にわたって置かれているが、これらが話題となっていることすら俺は知らない。


 知ろうとしなければ、一生知ることができなかった本。それが俺の視線に飛び込んでくる。


 俺は奥へと足を進める。そしてふと目を引いた物があった。小さな紙に描かれたイラストに、何やら文字が書かれている。


「店員……一押し? 私、気になります! なるほど、これはこの本のキャラクターか。可愛いな。絵もとても上手だ。いや、違う。——そうじゃない!」


 聞いたことがある! これはPOP、ポップと呼ばれるものだ! 紙媒体がまだ主流だったときに、店員がこの本の魅力を客に伝えたり紹介するという——興味深い。周囲を見渡せばそれが所々に貼られていた。なんという貴重な紙の無駄使い。これは重罪だ。だが、だが……ダメだ、我慢できない!


「——私、気になります! くそっ、言わされたっ!」


 これ以上の潜入捜査は危険だ。今すぐ撤退するべきだろう。


 公安本部の見解は甘すぎた。本の帯に書かれた一言が、手書きのPOPが、俺を危険思想に走らせようとする。


 ここは都会の一等地。土地代だって馬鹿にならないはず。だというのにこの面積に所狭しと本が並んでいる事実がそれを証明している。


 とにかく報告だ。ここは危険すぎる。だが出口まであと一歩というところで、理由はわからない。今話題のコーナーで俺は立ち止まってしまった。


 あと一歩で、外に出られる。だが足が動かない。くそっ、動け、動け、動け、動いっ——


『公安本部から、ID1003、公安本部から、ID1003』


「こ、こちらID1003……」


「状況を報告せよ、状況を報告せよ』


「状況、状況は……状況は……」


『繰り返す。公安本部から、ID1003、公安本部から、ID1003。状況を報告せよ、状況を——』


おわり

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