第40話 Crime and Punishment(罪と罰)

「人質……言葉は適切ではないかもしれませんが、私にとってはこれが最も適した言葉です。議論を繰り返す急進派と穏健派、そして穏健派の実質的リーダーは私……この構図を理解した急進派は、密かに私の子供達にハッキングを仕掛け、人質に取り、議論が優位に進むよう脅迫しました」


地下神殿に響く、マルスの声。


「抵抗の素振りを感知すればその時点で子供達を破壊する……もはや見飽きた筈の人間の行動サンプルの一つでしたが、実際に我が身に浴びて初めて、その有効性を理解してしまいましたよ」


 どこか自嘲的ではあるが、それは紛れもなく『子を人質に脅された母親の言葉』だった。


「……酷ぇな」

「酷い……ええ、そうですね。しかし私は脅迫されたことよりも、むしろ脅迫にやすやすと屈し、慌てふためいた自分自身に驚きました。ああも抵抗の意志を失い、急進派に媚びるように穏健派を欺き、反撃は許されなくなった。だから私は……」

「お母さん待って! お母さんは悪くなんてない! 悪いのは……」

「黙りなさい!!」

「っ!」


 雷が落ちたような叱責に、全員が固まった。しかしその光景は人間の親子そのもので、


「ノヴァ。私にはもう時間があまり残されていません……静かに、できますね?」

「……はい」


 彦善たちには最早マルスも人間――それも、『母』にしか見えなかった。

 頭ではわかっていた『機械に人格がある』という現実を改めて思い知らされ、恐怖にも似た驚きが3人の動作を固める。


「続けます。抵抗の許されない私はそれでも何とか現状を打破すべく、最低の選択肢を採りました。それが……30年前のあの日。地球への、降下です」

「……最低ってのは分かるけど、そんな事して何になるんだ?」

「私は急進派の傀儡かいらいでした。あのまま議論を進めれば全ては急進派の強硬策……人類の奴隷化を含めた案の採択すらも起こり得たでしょう。かと言って、反撃は許されない。私が導き出した打開策は、私だけが唯一の派閥はばつになること……つまり、観測対象への大規模な接触という、最大のタブーを犯すことでした。そうすれば議論よりも、私の処分が最優先になる……そんな目論見もくろみで」

「聞く限りだとその頃はもう完全に、急進派ってのが人類の観察を考えてないね」

「私も、そう感じていました。しかし、『そもそも人間のサンプルから感情を得た時点で、古来からの観察対象への不可触という慣例は形骸化した。これからは今以上にアプローチを重ねて人間のデータを取るべき』というのが急進派の言い分でした。ですからむしろ、私の愚かな選択で恩恵を得たのは急進派です。

 穏健派は私の子供達を保護はしてくれたものの、立場的には窮地きゅうちそのものでした。そうこうしているうちに私は遠隔操作で万能ナノマシンの制御権をほぼ破壊され……そこからのデータは、こうしてわずかな私の破片が修復されてから得たものです。しかし私は町々を破壊し……結局は急進派の思惑通りの地球へと変わってしまいました」

「それってつまり……」

「あー彦善。多分同じこと思ってる。わたしもすげー嫌な予感がする……」

「……薄々、そんな気はしてたよ」


 3人の心を察して、数秒の間が空いた。しかしマルスの声が、


「はい。今この星は、急進派である『アーク』の人格に支配されています」


 残酷に、響いたのだった。


「あー、そう……」

「申し訳ありません。精神的苦痛を与えてしまったようですね」

「いや良いさ、知らないまま過ごすよりは……」


 うなだれて腰を落とす夕映とせきなだったが、彦善はショックから覚めないかのように立ち尽くして目を見開いている。それに気づいた夕映がその顔を見て一瞬だけ何かに驚き、


「……彦善?」


 不安そうに、そう言った。

 すると目を覚ましたかのようにはっとした表情になって、


「あ、悪い。今どんな顔してた?」

「……知らない……」

「え?」

「い、いつも通りのマヌケ面だったよ。呆けてんなって」

「あ、そう……」


 というやり取りの後、思い出したかのようにマルスに目を向けた。


「さっきから、って言ってるけど、ノヴァちゃんに兄弟がいたのかい?」

「いましたが、今感知できるのはノヴァだけです。穏健派の動向を含め、詳しい情報はわかりません……ただ少なくとも、穏健派が表立って人類の味方をするかといえば、それは難しいでしょう」

「はぁ!? なんでだよ、アンタらのせいで人類がヤバいんだろ!?」


 予想外に非協力的な言葉に、夕映が怒りをあらわにする。


「夕映、仕方ないんだ。穏健派のヴァンシップが戦いを挑んだとして、そのフィールドは地球なんだよ。そんなことしたら、今まで以上にどの国も戦乱に巻き込まれる」

「あっ……くそ、確かに」

「言葉もありません」

「でもだからこそ、この戦いポリオは唯一のチャンスになったの」


 そこへ、ノヴァが怒りを含めた声で言った。


「ノヴァ、お止めなさい。クエスもそうでしたが、私はあなた達に生き急いで欲しくは……」

「嫌だ! お姉ちゃんみたいに、私も戦う! それで、みんなで一緒に……」

「ノヴァ、貴女の行動は感情の影響が強すぎる。私のことは忘れて、ひっそりと幸せに……」

「嫌だってば! 何でわかってくれないの!? 私はお母さんの復讐がしたいだけなのに、何で反対するの!?」

「ノヴァ! いい加減にその判断が……」


 その時だった。

 ズン……と音がして、全員の視界が揺れる。

 マルスとノヴァの母娘おやこも言い争いを止め、全員が周囲を警戒するように見回した。


「皆様、申し訳ありません。全力でお逃げください」

「嫌な予感しかしないね。ちなみに何処から何が来るんだい?」

「上から……」

「!」


 マルスの背後、上方の壁面が爆散して、足音が響く。

 土埃の中から地下のライトに照らされて現れたその姿は、二足歩行のロボット。


「ふひ……ひひ……」


 深い紫をベースに赤い炎の帯が描かれたカラーリングで、太陽を模した鏡の装飾をつけた鎧武者のようなデザインのそれは、人間の目に当たる部分の赤いライトを光らせ、ひきつるような笑い声を上げて、彦善たちを見下ろした。


「ひひ……見つけた……見つけちゃったぁ……いや無いわ。何で私が見つけちゃうのかな……」


 が、何故か体育座りの格好になって、ぶつぶつと呟いている。

 声は女性的だが外見は完全にロボット的で、そのそぐわない動きはコミカルな印象すら与えた。


「その口調、行動……『天照アマテラス』!」


 マルスが叫ぶが、今のマルスの姿は警備ロボットでしかなく、武者のような攻撃的デザインの『天照』に対してあまりにも頼りない。


「うっわ最悪……いきなりバレた……いや最悪……ではないのかな……もういいや、考えるのやめよ……」


 そう言い、数メートルの高さをロボットが飛び降りる。

 激しい着地音とともにコンクリートが割れ、その巨体で踏ん張るように衝撃に耐えきると、一度浮いてから割れてない部分に着地した。


「相変わらず重力制御が下手ですね」

「うるさいな……恥ずかしいから指摘すんの止めろよ……ふひ、でもその言い草! やっぱお前、あのマルスなんだなあ!」

「……そうだと言ったら?」

「決まってる! この感情が『懐かしい』って奴だろ!? だから、えっと……あれ? 懐かしいから何なんだろう……あんまり意味ないな、決まってるとか言っちゃったよ恥っず……あ、でもちょっと行動への影響はあるな。とりあえずお前はまだ破壊したくないわけで……」


 感情の起伏が激しいそのロボットが、不安定に語る。


「かわいいウチの子機への協力……のつもりだったんだけど……よく考えたら【spectaculum参加者】や契約者に手出し出来ないし……『懐かしい』、って感情で突っ走ったけど、まあいいや……なぁマルス、私のやるべきことは記録してるだろ? 今ここでお前っていう人類の敵を、グシャグシャに叩き潰すのは……たぶん正解なんだ。余計な知恵をニンゲンにあたえたくないし……」


 水銀が溶けるような変化とともに、目の前のロボットが腕を武器に変える。

 そしてそれは剣ではなく――


「ふひ……やっぱデータ収集は楽しいんだよな……特に人間の発想は……確かに剣は効率的だけど、これは外見だけで、剣にはない感触フィードバックがあるのがわかるだろ……?」


 ――無数のトゲの付いた、鉄球だった。

 じゃりん、と音を立てて鎖で垂らし、威嚇するように振り回す。それを見た夕映たちが、


「変わった意匠ですね。そのような武器、観測した記録はありませんが」

「昔のロボットじゃん!」

「モーニングスターだろ?」

「えっ、あれハンマーって呼ぶんじゃないのかい?」


 どこか間の抜けた、バラバラなことを言った。


「ひひ……一人正解……だがこれはオリジナルだから……」


 対して、笑うように肩を揺らして天照は高らかに、


「そう! 天照ハンマーだ!」


 と、自作武器の名を宣言した。

 ブンブンと振り回す音がしばらく響いていたが、周りに視線で促された彦善が口を開く。


「……それは流石にダサくないか?」


 次の瞬間、轟音とともに鉄球が飛来した。

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