第2話 出会いと結婚(1)

第2話 出会いと結婚


私のフルートに不可思議な現象が起こったが、その後何事も無く全然異常は無かったので、やっぱりあれは幻覚だったんだと無理やり納得した。そしてその後は何もなかったので、そんな事が有ったなんて忘れていった。



17歳になったある日、練習に出かけようとしたら父に呼び止められた。

「今日は面白いことが起こるかもしれないよ」

「へ?!」

「今日は明日香の人生が変わるかもね」と、さらに意味深発言。

「どういうこと?」と父に聞いたが、「行っておいで。」と送り出された。

何!この既視感・・・。2年前も確かそう言われてその後不可思議な事が起きた。

不安になった私は「今日は本堂で練習しようかなぁ・・・」なんて呟いたら父に追い出されてしまった。

「何でよ!!」と悪態をついたが、仕方なくいつもの池の畔に向かった。


季節は春。4月中旬頃にようやく桜が満開になり、水仙も田んぼの土手に咲き誇っている。遠くに見える2000m級の山の頂は冠雪になっている。

この時期は満開の桜と水仙と冠雪が同時に楽しめる風景を見に来る観光客が非常に多い。


私は観光客で賑わう場所を横目に見ながらいつもの山道を歩いて池の畔へ向かった。

ここは人が来ないので静かだ。


今日は”瞑想曲”を吹く。

無心で音を奏でれば、風が優しく頬に触れ、空気が甘く感じる。心が奥まで満たされ最高に気持ちいい。そんな感覚を味わっていた。

曲を堪能し、ふっと一息ついてると「やっと会えた」と後ろから声がした。




びくっと一瞬肩が震え「きゃっ!」という声を出してしまった。

恐る恐る振り返ると、そこには思わず目を見開き見惚れてしまう程の美貌を持った男性が立っていた。


年齢は20代後半くらいだろうか。白いシャツに黒の細身のパンツ。黒のチョーカーを着けている。白銀の髪が腰まで伸び、色白の肌にきりっとした眉、吸い込まれそうなほど深い透き通るような青紫色の瞳。鼻筋はすっと通り、薄くも厚くもない形の良い唇はしっとり艶やか。ピンと背筋が伸び、細身の割にがっしりした体つきに身長は185㎝位あるだろうか。この世に存在しているのが奇跡と思うほどの美しい人だった。

声を掛けてきた男性は穏やかな笑みを浮かべながら、


「やっと君に会えた。七百年待っていたよ。」


その言葉に理解が追い付かず、男性の美貌に見惚れていた私は一瞬にして怖い!という感情に陥ってしまった。


「は?え?!どういうことですか?何の冗談ですか⁉️」と狼狽し逃げ腰になった。


「私の名ははやて。私は人ならざる者。私の姿は必要な時以外人間には見えない。」


どういうこと?!私には見えるけど私は必要じゃないし。と、ドン引きした。

新手の詐欺師か何かか・・・。


そんな私に微笑を浮かべ、颯と名のった目の前の人ならざる者?!が話をし始めた。。


「私は七百年前にオオカミとして生を受けた。しかしある戦いで命を落とし、あやかしとなったのだ。」


あやかしってどういう事?!春になって陽気が良くなったので、ちょっとおかし・・・いや、面白い人が出てきたとか?!それならば、こんな美貌を持っていながら残念な人なのかも。と思ってしまった。

天は二物を与えずと言うし。ならば、この場を穏便に何とか乗り越えて、逃げる隙を見つけよう。


私は恐る恐る「あやかしって、妖怪ってことですか?!」と聞いてみた。

「そうでもあるが、そうでもない。これから話を聞いてくれるか?!」


私は仕方なく「はい」と答えたが、いつでも逃げられる体制を取った私は間違っていないと思う。


「私はオオカミとして七百年前に生を受けた。この地で優しい主とその娘の百合と幸せに暮らしていたが、ある日高僧が訪ねてきて私を借り受けたいと主に申し出た。話を聞けば高僧は旅の途中、とある村で娘が毎年人身御供にされることを知った。神がそれを望んでいるとは到底考えられず様子を窺うと、娘を攫っていたのは巨大な魔物だった。その魔物はこの地のオオカミをひどく恐れていたという。それを知った高僧は私を見つけ出し主に借り受けたいと願った。

村娘の為、魔物退治に行った私は魔物との激しい戦いの末勝利した。だが致命傷を負った。死を悟った私は、何としても主と百合の元に帰って死にたいと必死に帰ってきた。念願叶い、主の腕に抱かれ百合に看取られて私は死んだ」


「・・・。」


「主は私を手厚く葬り、百合は毎日私の墓に手を合わせ、幽世かくりよにいる私の幸せを願い花を手向けてくれた。そんな優しい心根に、陰で良いから側にいて守りたいと思った。そして神に願った。その願いを叶えてくれたのは不動明王だった。不動様は御魂を分け与えてくださり、私は”あやかし”になった。」つまり不動明王とオオカミのハイブリッド。


そこまで話すと何故か少し寂しそうな表情を見せて押し黙ってしまった。しばらくすると彼はまた話し始めた。


「不動様は私を現世うつしよに戻す代わりに、現世に蔓延るはびこる魔物を祓う”ナータ”を命じた。私は百合の元に帰れるならばと受け入れ、現世に帰ってきた。しかし百合は私と入れ替わるように幽世へ旅立ってしまった」と、悲しげに話す。


「百合の側にいたいと願って現世に戻ってきたのに百合は旅立ってしまった。その事実に私は打ちのめされたが後戻りはできない。私は魂が生まれ変わるのを待つことにした。現世で使命を果たしながら七百年の時を生きてきたが、百合の魂とは中々出会う事が出来なかった。もう会えないかと諦めかけた頃君と出会ったのだ。」


(それって、つまり・・。)


「君は百合の生まれ変わりだ。しかも精霊の笛を持っている。これは凄いことだ。」

「!!」


このあやかしはどうして精霊の笛の事を知っているの?誰にも言ってないのに。

しかも私が百合さんの生まれ変わり?


すると心を見透かしたようにクスっと笑ってまた話し出す。。


「私はあやかしだからあらゆるものに形を変えることができる。私は風であり、雲であり、動物であり、植物である。つまり自然界の何者にもなれるということ。すべての精霊の心を私は持っているし知っている。だから精霊の笛の事も知っている。そして、長い間待っていた百合の魂を私は絶対に間違えない」


衝撃的だった。普通の神経なら絶対にこんな荒唐無稽な話なんて信じられない。

でも私は2年前に不可思議な経験をした。精霊に突如話しかけられ、私の力になりたいと”精霊の笛”を授けてくれた。でも、幻覚を見たのだと勝手に納得して今まで忘れていた。

それがどうだ。誰にも話していなかったのに、今目の前にいるあやかしに精霊の笛の事を言われた。

つまりは、このあやかしが語ったことは真実だと云う事だ。


私はまだ半信半疑ながらも少し緊張を緩め「私にどうしろというんですか?」と聞いてみた。


「私の伴侶になって欲しい。」


「えぇ~~~~~!!」

気絶しなかった私を誰か褒めて欲しい。。



「伴侶がいたらもっと強くなれる。君を見つけたとき私は歓喜に震えた。私と君は力を合わせるために出会ったのだとそう思った」そう言って美しい笑みを浮かべた。


もう理解の範疇をとっくに超えてる。

それって百合さんの生まれ変わりである私が七百歳の妖の嫁になって、精霊の笛を持つ私に魔物退治を手伝えって言ってるよね?!


ありえない!!

前世が百合さんだったとしても、私は私。17歳の女の子で、高校生で、笛が好きで、これから恋愛もしたいし、遊びたいし、大学にも行きたいし、演奏家になりたいし、いろんな経験してみたいし。

って、やりたいこと山ほどあるんですけど!

結婚なんて考えられないんですけど!!しかも相手は人間じゃないし。


なんだか怒りが湧いてきたけど、そこはぐっと抑え、冷静になって話す。


「私が百合さんの生まれ変わりで精霊の笛を持っているから私を伴侶に望んでいるのなら応えられません。私は精霊の力を使ったことは一度も無いですし。それに、私は自分が何者かなんて考えたことなかったので生まれ変わりと言われてもどう反応していいのか分からないです。私は私だから。それに私はまだ17歳です。」


「もっともだ。君は君で他の何者でもない。君を見つけたとき、私は君が好きになった。だから君に伴侶になって欲しいんだよ。それに、私の伴侶となっても今まで通りの生活をしてもらって構わない。いや、そのままでいて欲しい。それと、君の持つ精霊の笛の力を充てにすることも無い。」


そう言われても・・・。何か釈然としない。


「もう少し昔話をしよう。オオカミとして生きていた頃、私は仕掛けてあった猪用の罠に嵌まって怪我をした。その時助けてくれたのが百合だった。

私を見つけ罠を外そうと近づく百合に私は威嚇した。それでも彼女は噛まれる覚悟で私に近付き罠を外してくれた。

怪我をした私を家に連れ帰って手厚い治療をしてくれた。そして優しく穏やかな笑みで私の心を少しづつ癒した。お陰で回復したが、二人と離れ難くなり、そのまま主と百合の家に世話になった。」


「主と百合と暮らす毎日はそれは幸せだった。特に百合と一緒にいるときは心が豊かで穏やかになった。百合を守りたい、側にいたいと思った。大事で仕方なかった。一方でこの感情は何だろうと思っていた。

そんなとき、魔物退治に行った。魔物に勝利したものの、瀕死の状態で帰ってきた私は百合の側で命を落とした。死ぬ間際百合の深い悲しみを目の当たりにして、百合を愛していたという事実に気づいてしまったのだ。オオカミが人間に恋をするなどありえないと思っていたがこの感情は幽世にいても変わらなかった。」


「優しい方だったんですね」


「優しく美しい人だった。あやかしとなって現世に戻ってみれば、百合は幽世に行ってしまった。そして百合の魂が現世に帰るまで待ってみれば七百年経っていた。」


「さっきも言ったが再び会えたら本当に陰から見守るつもりだった。だが君を一目見て、百合の魂が宿っているとかそんなことはどうでもよくなってしまった。君を愛してしまったから。精霊の力を求めて求婚したのではない。君の側に居たいと思ったし側に居て欲しいと思った。」


しばらく言葉が見つからなかった。私はごく普通の人間で笛が大好きなだけ。どう考えても私にそんな魅力が備わっているなんて思えなかった。

もしかして、私の笛の力か何かで魅了されたとか。犬笛的な感じ?


「信じられない気持ちも理解できる。今日初めて出会った私の言葉を信じろという方が無理かもしれない。しかしすべて本当の事だ。決して嘘はつかない。私が伴侶として望むのは君だけだ。どうかわたしを信じてほしい。」


結婚しようと思えばできる年齢だけど、まだ結婚なんて考えられない。どうしてもそう思ってしまう。


それでも、「少し考えさせてください。色々混乱してますから。」そう答えるのが精一杯だった。


「3日後に会いに来る。」そう言って去っていった。

呆然とした私はもう練習どころじゃない。早々に帰った。


帰ると父に本堂へ来るよう言われた。


「今日は話してくれるかな?!」


もうキャパオーバーなので話すことにした。

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