第4話

 じゅういち、と言うのが何か大切な符号になっているのは間違いがない。からくり好きの和蘭人。遺されたのは開かない厘と抜け荷の疑い。もしもヘンリーの父親がそれに関わっていて、都合が悪くなって来たから殺されたってのなら筋は通る。筋は通るが証拠はない。それにじゅういちが何だか分からなけりゃ、すべては妄想でしかない。ヘンリーの父親は真面目なからくり職人だったことが伺える。何を証拠に密貿易に関わっていたと言えるのか、そこからまず考えなけれはいけないだろう。何か証拠の証文でもあれば。和蘭人が出島に居られる時間はそんなに長くはないはずだ。その時ヘンリーは置いていかれる存在だったのだろうか。その為に金を残しておいてやりたかった? ヘンリーは見た限り十歳程度の子供だった。親がいなくたって振り売りぐらいは出来るだろうし、父親の遺した図面からからくり職人になる事だってできただろう。

 それでも心配だったから危ない橋を渡ろうとして、しかし良心に押しつぶされたのだろうか。筋は通る。しかし、しかしだ。やっぱり証拠がないのには変わらない。妄想ばかりが浮かんでいっては消えていく。実は死んだふりをして生きていたとか。しかし脂の付いた剣と言う物証が出ている。遺体は焼かれて今はヘンリーと一緒に長谷部の旦那の役宅に骨壺があるとか。代官の役宅に忍び込む度胸のあるやつはいないだろう。何か。代官所に投げ入れられた文。同じ日にヘンリーに託されたからくり箱。何かを予見していたからの行動のようだ。やはり密貿易か? 和蘭人は金属をよく買い求めると聞いたことがある。ヘンリーも父親がそうだったと言っていた。銅がどうとか。

 もしかして、からくりの形にして銅を異国へと持ち出していた?

「いでっ」

「我慢しろ」

「あー考えてたことが飛んでく……折角あんたの為に考えてたのに」

「何を?」

「本物の下手人に繋がる証拠。そうでなきゃあんたも私も安心して暮らせない。私は牡丹がちゃんと仕上がるまで冷や冷やしてなきゃならないし、あんただって町方に目を付けられたままじゃやりにくいだろう? 昔っからこれの練習ばかりで他に食い扶持稼ぐ手段なんか無いんだから」

「お前が言う事はいっつもきっついな」

「だって本当の事じゃないか。嘘言ったって仕方ない。今更稚児になれる年齢でもないし、仏門に入るにしても持参金がなきゃ碌な扱いされないって聞いたことがある。世捨て人するほど歳を食ってるわけでもない。人生まだまだ道半ばだ。十八なんて半分が良い所だろう? それで隠遁されちゃ、こっちが寂しいじゃないか」

「寂しい? お前が? そんなタマだったか?」

「ひっそり泣いて、世を儚むかもしれないわよ」

「まっさか」

「たった一人の幼馴染なんだから、ちょっとは信じておくれよね――遊女が肌を触らせる男なんだよ、あんたは」

 くっくっくと笑ってやると、何も言えなくなったらしい十市が、仕事に戻って行くのが分かった。しかし痛いな。これでちゃんと色が入ってなかったら痛み損だし、中途半端な出来のまま放り出されたりしたら大損だ。だから私はこの幼馴染を助けなければいけない。この大事な友人を、繋ぎ止めなければ。

 しかし頭に浮かぶのはやはりあの寄木細工の厘の事ばかりで。じゅういち。もしやそこに繋がるのか? 縦横斜めの綺麗な細工。一見して解る細工はなかったが、もしや何かあるのかも。じゅういち。ふぁ、とあくびが出る。

 時計を見れば、六時を示していた。そう言えばこの南蛮由来の時計も、最初は数字が違うので覚えられず苦労したものだったな、などと思い出す。同じ六でも希臘数字と羅馬数字と漢字とあって面倒くさい。何故統一されていないんだろうと思う。日本向けに作ったのならば漢字で作れと、何度思ったことか。

 さていい加減眠くなって来たのだが、背中の色はどうなっているだろう。手鏡を翳してみてみると、まだ色は薄いが全体に緋色が入りつつあった。ここから色を重ねて明暗を分けて行くのだと言う。ふぅ、と息を吐いて十市は鏡越しに私を見た。

「眠いだろうからな、今日はここまでにしようや。俺もちょっと疲れた。ここまで色が入れば他の職人にも任せられる。お前の心配は一つ消えるぜ」

「馬鹿かい。あんたがやるから意味があるんだよ。明日も同じ時間に来なきゃ、その耳引き千切るよ。ついでに瓦版もね。あれがないと暇でしょうがない」

「拷問より怖いこと言うよな、お前……」

 十市は苦笑いをして、針をしまって行く。そうしてからよっこらせと立ち上がり、油障子を開けて出て行く。

 じゅういち。考えすぎてばらばらになった言葉を組み立てようとしても、私には十市の顔しか出て来なかった。でもあいつが殺しなんて出来る性根じゃないことも、私や妓楼の人間の多くは知っている。そうなるとどんな『じゅういち』が見つかるだろう。眼を閉じてうつらうつらする前に、布団を引き上げて枕に頭を乗せる。

 長谷部の旦那は銅についてどう考えているんだろう。そのうちまたあのぼうずと一緒に来てもらわなきゃな。思いながら私は目を閉じて、まだ少し痛む背に丹前を掛けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る