第11話:ルシェルはニヤリと笑えました

「ルシェル様。お望みの品を入手してまいりました」


 査問会第一日目が閉廷した後、伯爵さまの邸宅で伯爵、リース様とご一緒に夕食を頂いた後の事です。


 わたくしも当事者となりましたので、明日の査問会と今後の対策について話し合いがもたれています。


「ありがとうございます。プリム。調査結果を皆さまにご報告してください」


 昼間、プリムを色々な所へ走らせて、情報や物件を集めてもらいました。

 プリムは皆さまにその報告を致します。


「まず、ベリヤーノ財務局長は、財務官僚の中でもエース級の切れ者官僚です。理論でかなうものは少なく、さらには寝技も多く使います。

 今回も財務省の課長級を全て味方につけています」


 なかなか鉄壁のガードですね。


「ではまず。例の浸透工作はどのくらい進行しておりますか?」


「なんのことだ? ルシェル嬢。清貧を旨とする修道女である君が、なにやら陰謀をたくらんでいるように聞こえるぞ」


 リースさまが驚きの声を上げます。


 同じく嫌疑の目を向けてくる養父になっていただいたウェルズリー様には申し訳なく思っております。


 隠しておきたいところですが、すこしばかりわたくしの陰謀の一部をお知らせしないとですね。


「お養父さま。リース様。黙っていて申し訳ございません。

 ルシェルはただの修道女ではありません。

 神の預言が聞こえるのです。その御姿も見ることができるのです」


「「「なんと!?」」」


 噓は言っていません。


「その造物主のご命令で、この世界の悪を懲らしめる組織を作っております。それはいまだ始まったばかり。

 ですが先立つモノが必要ございます」


「金貨か」


「そうでございます。

 わたくし自身は金貨など全く興味がございませんが、その神のご意思を叶えるためにはその力を使うしかございません。

 そのために経済流通をよく知っております」


 驚愕から立ち直った伯爵さまが、咎めるような声色でわたくしを追求しだします。

 しかしさすが名将。

 優先順位を間違えません。


「神の預言のことは後で聞く。

 今は査問会のことだ。

 ベリヤーノ局長の言っている事は、ルシェル、お前が行っていた事なのか?」


「半分当たっておりますが、半分間違っております。

 様々な仕掛けを作り、この国を豊かにするための仕組みを作りましたら、いつのまにかわたくしのところに金貨が入ってきてしまい。

 ですのでその金貨をつかって慈善事業を行っております。

 もちろんわたくしの名義ではございませんが」


 はい。

 慈善事業は、あの修道院を中心として下町の修道院や、地方の困窮する修道院へ資金とアイデアを提供して行っていただいております。


 自分はなるべく動かないのが安全です。


「では、その資金の元となっている事業は何なのだ。そこにやましい部分があれば奴はついてくるであろう。

 ことに外国との関連性があれば致命的だ」


「ご安心ください。

 今の所、海外との取引は拡大しておりません。

 ですが嫌疑を持たれるであろうことは行っております」


 わたくしは知られても良い内容だけ説明いたしました。


 王都の地図を作り、交通の流れと建築物の構造調査。

 市場価格の調査と海外との価格の差額計算。

 浮浪児への食糧配布と教育。

 浮浪児に道路の清掃や、出店、靴磨きなどの職業あっせん。


 当たり障りのないこと「だけ」をお伝えいたしました。


 地図を作って貴族や裕福な商人の邸宅のドットマップを作り、そのごみ箱に何が捨てられているかを浮浪児に探らせて、売れる可能性のある商品をリサーチ、どこに店舗を構えれば最大効率で売り上げを出せるか考えているとか。


 一般平民にとって便利な乗り合い馬車のコース選定をして、最大効率で地域全体の活性化を行う事。


 それにより、これから発展する地域の再開発地区へ前もって投資をしていけば、莫大な利益を得られるとか。


 十九世紀から二十世紀に行われた鉄道王の企業展開例などを、この異世界の方々に説明していたら何時間かかる事やら。


 ですので、その際に必要となる人材確保のために、私的教育機関を設立する計画だとかは一切お教えしておりません。


「そなた、今年で二十四と聞いている。外見は娘のエリーザよりも幼く見えるが……。

 そこらの法服貴族よりも賢いな。

 それで、明日からの諮問にどう対応したいと思っておる?」


 ウェルズリー伯爵があきれ顔を真面目な表情に戻し、主導権をわたくしに移してまいりました。


 リース様は、やはり目を白黒させております。

 戦場でもこのくらいの謀略を策定できるようになれば、軽くトリュフ・スーパイン連合軍の大軍ですらも撃破出来るようになるのではと思っています。


 追々ご協力をして参りましょう。


「こちらが伯爵さまの嫌疑を晴らすことはほぼ不可能でございます。ない事の証明は出来ないのが道理。ですからあることを証明してしまいましょう」


「ある事とは?」


「はい。

 ベリヤーノさまが敵国と繋がっていることの証明でございます」


 そのための証拠を、プリムが皆さまの前に置き始めました。


「なんと!」

「これは!?」

「そんな、馬鹿な!」


 お二方はもちろんのこと。

 ここにいらっしゃるけれども無言を通されるはずの、伯爵家の家令さまも驚きの声を上げられました。


「これを明日、法廷にてバラします」


 わたくしは、生まれてはじめて「ニヤリ」と笑うことに成功しました。


 アイザックさま。

 ルシェルは日々成長しております。

 褒めてくださいませ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る