あやかし貸し出し本屋焔魔堂

桃もちみいか(天音葵葉)

焔魔堂は貸し出し本屋

 あやしげな陽炎がゆらゆらゆら。

 視界はゆがむ、ぬるい風が吹く。


 足元をちいさな鬼が数匹かすめ、走り過ぎ去っていった。

 

 竹林の合間を縫うように道が一本、光りに照らされている。

 あなたの耳元で声がするでしょう?

 真っ直ぐにお行きなさい――と。

 その声はほどよく低音で落ち着きがあって、どこか甘やかで妖艶なものを感じる。


 ここは幽世かくりよ

 人間世界とあの世との境界世界。

 あるいは人間世界とあの世と妖怪世界の橋渡しの領域、それがかくりよ。


 このかくりよでも存在感をがっつり醸し出しているのが「貸し出し本屋焔魔堂」です。


 あなたを呼んだのは我があるじ

 あなたをお連れするのはわたくし、猫巫女ねこみこすずらんでございます。


 わたしが何者かって?

 ではちょっとお話しようかしら。


 現閻魔様はイケメンと噂があり、数年前にわたくしは居ても立ってもいられずにお店に遊びに参りまして、あまりにも居心地が良くって居着いてしまいました。今では住み込みの店員でございます。ああ、ちなみにわたくし化け猫種族巫女家の妖怪です。生まれは人間世界ですが、天寿を全うしまして晴れて妖怪となりました次第です。

 だから、あなた様の世界もよく存じておりますよ?


 わたくし、焔魔堂の案内係が主な役割でございます。


 あなたが本日焔魔堂二人目のお客様。

 ご来店ありがとうございます。


「おや、先客がおられますな。九尾様」

「ああ、ちょっと厄介なお客だね。……それより。すずらん、こちらが例のお客かな?」


 ――このかた、かっこいい獣の妖怪ね。


「ふふっ、ありがとう。……どうぞ店内ごゆるりとごらんください。もしくはカフェでお寛ぎくださいな」


 ――閻魔様はお客の必要で好みの本を貸し出してくれるんでしょ?


「そうでございます。相談しているうちにどの本が良いか判別なさるのです」


 閻魔大王の分身がこの焔魔堂の店主です。

 もう一人の店員、焔魔堂併設カフェを切り盛りしているそこの美形は九尾さんです。


「こちら人間世界から迷い込んで困っている人に妖怪本を貸し出ししてます」

 ――私みたいに?

「そうですよ。あなたは記憶と声を失ってしまったのだね?」

 ――そう、みたいです。だけど、あなたがたには私の声が聴こえるんですね。

「ええ、聴こえますよ。僕らわりと妖力のある九尾と猫巫女ですから」


 妖怪本には妖怪の不思議な妖力が込められていたり、特別な妖怪本は妖怪そのものを閉じ込めているか召喚が出来るのです。


「すずらん、俺は出掛ける。そこのお客は待たしておけ」

「えっ? 閻魔様?」


 閻魔様は自身の閻魔本を持って、先にいたお客とお出掛けになってしまわれました。


 ――店主自ら、問題を解決に行かれたのですか?

「ええ、よく分かりましたね。あのお客はこんがらがった呪いを受けてるようなので閻魔様が向かってしまわれました。わたくしも行ってこようかな?」

「大丈夫ですよ、すずらん。ほんとに危ない時は式神を飛ばしてくるでしょう」

 ――閻魔様ってせっかちな方なんでしょうか。

「うふふっ、困ったお方でしょう? 僕達を頼りにしてるにはしておられるのですが、危険そうだと閻魔様自分一人で行ってしまうんで困るんですよ〜。ところで飲み物はなにになさいます?」


 ――あ、抹茶ミルクでお願いします。

「はい、かしこまりました。ああ、そこの棚を見ていてもらって良いですか? 気になる本がありましたら、そこのすずらんに言ってください」


 ――妖怪辞典のっぺら坊……が気になります。


「お嬢様のキュートなお顔と声を盗んだのはのっぺら坊の誰かかも知れませんね」

 ――なにも、覚えていないんです。気づいたらこの世界にやって来ていて。行き場が分からず呆けているところにそこの猫巫女のすずらんさんが声を掛けてくださいました。


「本日は満月、厄介な日和ですからね。妖気も満ちて、不思議な出来事が起こりやすくなるのです」

「心配しないで。わたくしすずらんと九尾、そして我が主焔魔堂の閻魔様があなたを助けてあげる」


 閻魔様がお帰りになったのはそれから一時間ぐらい経った頃でしょうか。

 ひとつ戦いを終えた我が主は疲れを見せることなく、清々しいお顔で帰って来られました。

 ……戦った相手は誰だったのでしょう? お着物が少し斬られておりましたが。


「よお、待たせたな。どの本を貸してやろうか?」

 ――閻魔様なのにずいぶん気さくなんですね。

「俺は分身だからな。そのうち本体にも会うか?」

 ――い、いえけっこうです! ……怖そうなので。


「そうか? なになに、のっぺら坊の本か。どれ、開いてみろよ」


 ――私。声も記憶も戻りますでしょうか?


「ああ、もちろんだ。俺が、俺たちが助けてやるから」


 お客様は妖怪辞典のっぺら坊の本を開きました。

 本の中からのっぺら坊が出てきます。


 ――私を助けてください。


「本から出してくれたお礼に助けて差し上げますよ。たぶん、あんたが声と記憶を失くしたのはオラの同胞のいたずらだから」


 のっぺら坊はにこにこ笑いながら、久しぶりの本の外の世界の空気を吸って嬉しそうですよ。


 さあて、ここからが焔魔堂一家の本領発揮です。


「閻魔様はお留守番です」

「こんな容易い案件、僕とすずらんだけで充分だよ」

「そうか? 俺はまだまだ暴れ足らないがな。そこまで言うならお前らに任せよう。行って来い」


 むすっとした閻魔様は店に置いていきます。

 わたくしすずらんはお客様に本を握らせます。


「その貸し出し本の仮のぬしはあなたです。のっぺら坊の力とわたくし達の力を思う存分に使ってくださいな」

「さあ、出掛けようか。あなたの失ったものを取り戻しに行こう」


 ここはあやかし貸し出し本屋焔魔堂――、またの名をよろづや退治焔魔堂です。





             了

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あやかし貸し出し本屋焔魔堂 桃もちみいか(天音葵葉) @MOMOMOCHIHARE

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