19-身勝手
モダレーテ女史は笑った。
「ええ、そうね。あなたが言う通りなら、確かに、私にも犯行が可能だったわね。けれど、一番大事な点が推測でしかないのは減点ね」
「一番大事な点?」
「
黒髪の少女が目を見張ったので、モダレーテは内心でほくそ笑んだ。
犯行当時の状況を、きわめて正確に推測した。
その推理力は簡単に値するものだ。
だが、肝心な最後の一ピースが足りていないらしい。
「それとも、この場で実演してもらえるのかしら。ねえ、次期聖女様?」
一発勝負で作成されるようなものではない。
いくらソフィアが旧時代の傑物と言えど、当時はスライム生成に関する研究なんて行われていなかった。
というか、これを実現したのはモダレーテが初めてだ。
旧時代の聖女の知識があっても、再現できる代物ではない。
「実演は、不可能です」
「でしょうね」
「けれど、証拠を見せることは可能です」
「なんですって?」
聞き捨てならない言葉があった。
(証拠……? まさか、スライムの保管場所が割れているというの? そんな、だってさっきの驚いた表情は、演技ではできないでしょう?)
あり得ない。
と、理論上は結論が下されているはずなのだが、本能がモダレーテを脅かしている。
全身の皮膚が逆立って、寒気に襲われている。
「わたし、見たんですよ。階段横の、レンガ造りの突き当り」
今度はモダレーテが驚愕する番だった。
(馬鹿な!? なぜそれを知っているの? いや、それより、さっきの驚愕は本気で演技だったの!?)
一方で、シルヴィはシルヴィで焦っていた。
(階段横の突き当りって、あれでしょ? ウォリアーと近道した隠し通路! それがどうして関係してくるの!?)
『ほら、右側と左側で壁の響き具合が違ったでしょう? あの奥に、さらに隠し部屋があったんですよ』
(ええええ!? でも、あの時は時間が無くって、いったいいつ部屋の中を確認したの!?)
『だって私、幽霊ですから』
ソフィアの手が、証言台をすり抜ける。
壁をすり抜けて、奥の部屋をのぞき見たわけだ。
そしてそれが、決定打だった。
「そう、ですか。すべて、知っているんですね、プレゼンツさんは」
モダレーテが息を吐き、肩の力を抜いて、天を仰いだ。
それから立ち上がり、姿勢を正し、頭を下げる。
「彼女の言う通りです。すべては、私の犯行です」
◇ ◇ ◇
誰がやったのか。
どうやったのか。
二つの謎は解明された。
だがまだ一つ、謎は残っている。
「なん、で」
最初に声を発したのは、レイツェルだった。
「なんで、なんでそんなことしたのよ!」
「ごめんなさい、モノグラムさん。あなたを巻き込んでしまって」
「違っ! 聞きたいのはそんな言葉じゃなくって」
何故やったのか。
いわゆる、動機の部分が不明なままだ。
「裁判官、あなたは私に、どれだけの罪を課しますか?」
「え、ああ、うむ。それではモダレーテ・リ・リバイを殺人未遂で――」
「待ってって、言ってるでしょ!」
レイツェルを無視し、有罪判決と罪を受け入れようとするモダレーテ。
彼女にレイツェルは激怒していた。
怒りは収まりそうにない。
だから、モダレーテは、ゆっくり歩き出した。
一人の少女のもとに向かって。
彼女が目指した場所にいたのは、黒髪と黒目が特徴的な少女。
シルヴィ・プレゼンツだ。
モダレーテは彼女の耳元に口を寄せると、小声で言った。
「(聖女ソフィアには、気を付けなさい)」
「え」
シルヴィが慌てて顔を上げた。
モダレーテの顔は、とても穏やかだった。
「ちょ、ちょっと待って。それってどういう意味!?」
シルヴィが問いかけるが、モダレーテはもう、目を合わせようともしない。
「以上です。裁判官、続きを」
「う、うむ」
こうしてロビン学園殺人未遂事件は幕を閉じた。
ただ一つ、聖女ソフィアという存在の謎を残して。
◇ ◇ ◇
「シルヴィ!」
審理の終わった裁判所で、シルヴィにレイツェルが抱き着いている。
レイツェルは涙と笑顔を浮かべているが、抱き着かれているシルヴィはかなりやっかいそうにしている。
「ありがとう! シルヴィが助けてくれたらとは思ったけど、本当に助けに来てくれるなんて夢みたい!」
「わたしあなたに何かした?」
どうして自分の評価がこんなに低いんだ、とシルヴィは小さく頬を膨らませた。
「違うの。私、あなたにひどいことしてたみたいだから、きっと来てくれないって、そう思って」
シルヴィが首を傾げた。
こうして抱き着いてくるのはひどいことに当てはまらないのだろうか。
それとも反省も改善もする気が無いという意思表明なのだろうか。
貴族というのは何を考えているかわからないと思い、改めてげんなりした。
「でも、どうして来てくれたの?」
「どうしてって……」
何をそんな、いまさら。
理由なんて最初から一つだ。
「わたしのためだよ。勘違いしないで」
ふん、と鼻を鳴らした。
(そもそも、あの王子がわたしはいけ好かなかったんだよ! 王子だか殿下だか知らないけど、王の子供に生まれたってだけで偉そうに! 何が国の未来のために婚約だ。調子乗んなよ金持ちボンボンめ!)
レイツェルの無罪は、シルヴィにとっても重大な意味があった。
ただしそれは、級友だからとか、大事な縁だからとか、そういう感動的な理由からではない。
(レイツェルがいなくなると、あの男と婚約させられるみたいだし、面倒だけど仕方ないね)
ヘラクレイトス・レオ・ペンデュラム第一王太子との婚約が嫌だったから、という身勝手な理由からだった。
だが、レイツェルは、自分が婚約破棄されかけていた事実を知らない。
シルヴィが身勝手を起こす理由を知らない。
結果――、
(か、かわいい……っ! 私、知っていましてよ! こういうのを、ツンデレと言うんですのよね! キャー! もう大好き! 私だけのものにしたい!)
盛大な勘違いが起きていた。
「シルヴィ、ありがとっ! 大好き」
「ん? ああ、そう」
「んふふ」
「え、なに怖い」
「なーんにも!」
レイツェルは照れちゃってもう、かわいいな、なんて思っているがシルヴィは素でどうでもいいと思っている。
たぶん、このすれ違いが解消するのはだいぶ先だ。
『シルヴィ、シルヴィ』
(なに?)
『ほら、こんなに喜んでくれているのですよ? 人助けも、悪くはないものでしょう?』
シルヴィは、自らに抱き着く金髪の少女を確認し、小さく息をついた。
(ま、わたしが身勝手にしでかしたことを喜んでくれる人がいるなら、それも悪くないかな)
シルヴィの答えに、ソフィアがほほ笑んだ。
◇ ◇ ◇
夜になった男爵家の私室で、シルヴィとソフィアが向かい合っている。
「で、聞かせてもらおうか」
切り出したのはシルヴィだ。
「ただの聖女じゃ、ないんでしょ?」
ソフィアが苦笑いを浮かべる。
「あんた、いったい何者なの」
男爵家を、星明かりが照らしていた。
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