画期的な本屋

陽澄すずめ

画期的な本屋

 いらっしゃいませ、お客さま。ようこそ『画期的な本屋』へ。

 初めてのご利用でしょうか。でしたら当書店のシステムをご説明いたしますね。


 突然ですが、お客さまは『青木まりこ現象』という言葉をご存知でしょうか。

 そう、本屋に行くとなぜかトイレに行きたくなる……とりわけ大きい方を催してしまうという、あの現象です。

 これは一九八〇年代半ばごろから言及されてきたことでして、明確な理由は未だ判明しておりませんが、本屋独特の匂いによって便意が誘発されるのではないかという見方が有力となっております。


 しかしお客さま、想像してみてください。

 本屋へ行って、トイレの場所がすぐに分かるでしょうか?

 これが例えば個人店であった場合、多くが店舗兼住居でしょうから、トイレを借りるなどということは非常に難しいでしょう。

 また大型店であった場合でも、トイレへ行くのにいったん店の外へ出なければいけなかったり、幸いにして店舗内部にトイレがあったとしても良くて個室は一つか二つ、もし誰かが使用中ともなれば些か不味いことになりかねません。


 何しろ便意でございます。尿意ではなく。

 一般的に、尿より便の方が排出に時間を要するという方が多いでしょう。

 おかしいと思いませんか、お客さま。『青木まりこ現象』などと名を与えられるほどの現象が存在していながら、本屋のトイレが利用しづらいとは。

 もし店内のお客さまが同時多発的にこの現象を発した場合……いや、これ以上は言いますまい。


 そこでですよ、お客さま。

 当書店では、そんな『青木まりこ現象』に対応するため、多数のトイレを設置しております。

 実に店舗の約四分の三がトイレ。もちろん個室も十分にございます。

 更には長くなるであろうトイレ時間を楽しんでいただくため、三つのコンセプトのエリアをご用意いたしました。

 一つ目は文豪気分を味わえる『文豪トイレ』。二つ目は人気マンガの世界に入ったかのような演出の『マンガトイレ』。三つ目は世界の童話をモチーフにした『メルヘントイレ』。お好きなトイレをご利用くださいませ。

 万が一待ち時間が発生した時も、ご安心ください。すぐ隣に喫茶コーナーがございます。店舗の四分の一という広々した空間で、ゆったり寛ぎながらトイレの順番待ちをしていただけますよ。


 え? 本ですか?

 そうですね、本は基本的にお取り寄せという形になっております。

 店舗壁面設置のタブレット端末か、もしくはお客さまご自身のスマホ等からAmazonなどにアクセスしていただき、お好きな本をご注文いただくというシステムです。


 ……あぁ、そうでしたか、ご期待に添えず申し訳ございません。でしたら駅ビルにジュンク堂がございますので。

 本日はご来店いただき、誠にありがとうございました。またのご利用をお待ちしております。


—了—

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