僕が殺し屋になった日⑥




ベティの持っていたペンダントの写真を見てから動悸が止まらない。 常に冷静であると思っていたはずなのに、感情が全くコントロールできない。

流石に昔のように暴走することはないが頭の整理がつかなかった。


「・・・アイルお兄ちゃん? どうしたの? 大丈夫?」


近付いてくるベティを振り払った。


「お前の父親は今生きているんだよな?」

「え? 何その言い方・・・。 もちろん元気に朝も美味しそうにパンを食べていたよ」

「悪いがそのペンダントをしまってくれ」

「お父さんのこと知ってたの?」

「・・・そういうわけじゃない」

「ふぅん・・・」


ベティは名残惜しそうにペンダントを服の中にしまった。


「・・・少し話しているのが聞こえたんだけど『俺の父親のケイシー』って言っていたよね?」

「・・・」

「どうしてケイシーってお父さんの名前が一緒なの? 私のお父さんとお兄ちゃんのお父さんは・・・」


肝心な“偽”発言を聞き逃してしまっている。 ここで話してもいいことはないため何も答えないことにした。


「気にするな。 行くぞ」

「もう行くの? 顔色悪いよ?」

「・・・」


心配してくれるベティを連れて先を急いだ。


―――どうしてボスは俺に教えてくれなかったのか・・・。

―――それは俺が不安にならないようボスが隠しておいてくれたと考えるのが普通か?

―――まぁどちらにしろボスに狙われたアイツはもう人生を終えるんだ。

―――なら何も心配はしなくても・・・。


チラリとベティを見る。 ベティは歩きが早いアレクに一生懸命付いてきていた。


―――もしコイツの父親がアイツなら母親はどうなるんだ?

―――いや、死んだと言っていたか?

―――アイツにとって俺は偽の息子でコイツが本当の娘・・・。


胸騒ぎがするもそれを確かめるためベティに尋ねた。


「・・・一つ聞きたいことがある」

「どうしたの?」

「お前の母親の名前は何だ?」

「え? 確かアグネスだけど・・・」

「ッ・・・!」


相変わらず危機感の薄いベティは簡単に母親の名を喋ってしまった。 それは予想していた通り、アレクが5歳になる時まで育ててもらっていた殺したはずの偽の母アグネスと一緒の名前だった。

こんな偶然があるとは考えにくく、間違いなく同一人物だろう。 アレクはベティの仇ということにもなる。 そんなことも知らずにベティはアレクに笑顔を向けている。


「・・・アイルお兄ちゃん、本当に大丈夫?」


アレクは立ち止まりベティの肩を掴んだ。


「お前はその両親の本当の子供なのか!? 血が繋がっていないとかないか!?」

「え? 血が繋がっていないってどういう意味? よく分からないけど本当のお父さんとお母さんだと思うよ」

「その証拠は!?」

「しょ、証拠? そんなものないよ・・・!」


ベティは完全に怯えてしまっている。 誰もが今育ててもらっている両親が本物だと思うのは当然のことだ。 何故自分が二人の本当の子供ではなかったのかは分からない。

冷静になって考えてみれば血は繋がっていなくても家族としての日々を過ごしていた。 何の不満もなかったはずなのだ。 にもかかわらず、アレクはあの時理性の暴走を止められなかった。

それは今もそうだ。


―――俺はその両親に偽の愛情を注がれていたというのに?

―――コイツはその親と呑気に幸せな日々を過ごしていたのか!?


先程までただ殺しのターゲットでしかなかった少女に憎しみを感じた。 殺意が膨れ上がり腕を掴む。


「え、痛い痛い!!」


ベティを強引に引っ張り路地裏から近くの森を目指した。


「お兄ちゃん痛い! 止めて、離して!!」


問答無用に足を進めていく。


―――本当はもっと遠くへ離れないといけないけど俺の気持ちが持たない。

―――今すぐにコイツを殺してやりたい。


その一心で森を目指した。


「お兄ちゃん離して!!」


ベティが喚いてもお構いなしだ。 裏から通っているため人は見当たらない。


―――ここら辺でいいか。


ベティを振り回し木へと叩き付けた。 その衝撃でベティは体勢を崩すが怪我を負うようなことはなかった。


「お兄ちゃん、どうして・・・?」


ベティは既に泣いている。 震えているベティに顔を近付けて言った。


「今からお前をここで殺す」

「え・・・?」

「安心しろ。 痛いのは一瞬だ」


そう言って懐にあるナイフを取り出そうとしたその時だった。 ボスからの通信が届く。 間の悪さに歯噛みしつつ通信に出た。


「ボスですか? 何か・・・」

『・・・やはりそうなったか。 久しぶりだな、アレク』


その聞き慣れない声に思わず一瞬電話を遠ざけてしまった。


「・・・ボスじゃない? アンタは誰だ?」

『思い出せよ。 お前の知っている男だ』

「遊びに付き合っている暇はない。 この通信機はボスのだろ? ボスはどうした?」


話していると目の前にいるベティが震える声で言った。


「・・・お父さん?」


―――・・・ッ、コイツがケイシー!?

―――流石に機械越しの声じゃ気が付かなかった。


相手が誰だか分かるとブラッドの安否が気になった。


「おい、ボスは!? ボスはどうしたんだ!? ボスを出せ!!」


―――あんなに強いボスが負けるはずがない!!

―――だって・・・ッ!


『娘はちゃんとそこにいるようだな。 お互い怪我か何かしているか?』

「怪我? 髪の毛一筋程の怪我もしていないぞ」


ベティはともかく何故自分の安否を気にするのか分からなかったが素直に答えた。


『今どこにいる?』

「・・・」

『今からアレクを迎えにいってやる。 取引をしよう』

「・・・取引?」


おそらく『ブラッドとベティを交換しよう』 そう言われると思っていた。 だがケイシーから飛び出した言葉はどこかおかしなものだった。


『あぁ。 お前の父親と俺の娘を交換だ』


その言葉に思考が停止した。


「・・・は? 父親?」


困惑しているアレクに偽父のケイシーは楽しそうに笑った。


『何だ、知らなかったのか? 知らずに暢気に生きてきたのか?』



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