町の本屋さん

西しまこ

第1話


 その本屋さんを見かけたのは偶然だった。


 車で通りかかり、突然入ってみようと思ったのだ。

 最近、こういう町の本屋さんはなくなって来たから、珍しいなと思いつつ。

 小さい、古びた個人経営の本屋さんで、入り口のところには雑誌が置いてあり、扉を開いた正面には特設ステージで、お薦めらしき本が並べられていた。文庫本、漫画本の棚の前にはその新刊が平積みにされていた。


 最近は大型ショッピングモール内のエンターテイメント系の本屋さんばかりで、こういう小さな、ほっとするような本屋さんは姿を消してしまった。だから、出会えて嬉しく思った。店内が静かなのもいい。最近の大型ショッピングモール内の本屋さんは音楽が二重に流れていたり、タブレットで宣伝を流していたりして、騒々しくて堪らない。ゆっくり本を選ぶ気にもなれない。でも時代の流れだから仕方がないと思ってた。

 まだ、こういう本屋さんが在ったんだ。

 僕は店内をぐるっと一周した。

 ふと、絵本が目に留まった。


『トイレのぼうけん』? 『おしいれのぼうけん』じゃなくて?


 トイレ、の文字を見たら、ふいにトイレに行きたくなった。店内を見回してもトイレはなさそうだ。しかし我慢が出来なくなって、レジにいるおばあさんに聞く。

「すみません、トイレはどこですか?」

 おばあさんはぬっと鍵を差し出し、お店の奥の扉を指さした。

「あそこ。鍵を開けて入って。鍵は後で返しに来てください」


 僕は鍵を受け取ると、扉に向かった。

 鍵を開けて、扉の中に入る。

 あ、しまった。

 本を持ってきてしまった。『トイレのぼうけん』。

 僕はそっと、汚れない場所に絵本を置き、用を足した。

 手を洗って、絵本を手に取り本屋さんに戻る扉を開けた――


 ――ところで、目が覚めた。

 朝だ。

 枕元には『トイレのぼうけん』じゃなくて、『おしいれのぼうけん』があった。そうだ、小さい頃好きでよく読んだ本で、見つけて懐かしくて読んでいるうちに寝てしまったんだ。

 ……どうもトイレに行きたくて、あんな夢を見たらしい。

 僕は慌ててトイレに向かった。


『トイレのぼうけん』

 いったいどんな冒険なんだろう? ねずみばあさんは出てくるのかな? そういえば、夢の中のあのおばあさんは、ちょっとねずみばあさんみたいだったな。……もしかして、ほんものか? いやいや、そんなばかな。


 しかし、ああいう本屋さん、ほんとうにあるといいな。



   了



参考図書

『おしいれのぼうけん』ふるたたるひ・たばたせいいち(童心社)



一話完結です。

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☆☆☆いままでのショートショートはこちら☆☆☆

https://kakuyomu.jp/users/nishi-shima/collections/16817330650143716000

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