古本屋の看板猫の夢

アほリ

古本屋の看板猫の夢

 うららかな春の日差しが、山々と積まれた古本の上を照らしていた。


 その古本の山の上で、尻尾をゆらゆらと振り子の様に揺らして寝そべるサビ猫が微睡んでいた。


 「いい気持ちだニャ~~~~~・・・日差しの匂いと本のカビ臭い匂いが奏でるマリアージュだニャ~~~~~・・・」


 このサビ猫。名前を『そーせき』と呼ばれている。

 この古本屋の店主が、いつの間に店内に入り込んで踞っているところを見つけて保護し猫のそーせきは、今ではすっかりこの古本屋の『看板猫』になって古本を買いに来る客達のアイドルになっていた。


 そして、踞っていた店の片隅の隣に置かれていたが、夏目漱石著の『吾輩は猫である』だったから自然に『そーせき』という名前が付いたのだ。


 「さぁ~~~~て。今日はどんな本を読もうかな?」


 看板猫のそーせきは店の古本の山からぴょーーーん!と飛び降りると、古本が沢山並べられた棚から棚へ飛び移り、目を凝らしてヒゲの向くままこの古本のラビリンスを散策した。


 猫のそーせきはまるで探検家になった気分であった。


 と、猫のそーせきが本当に探検家の冒険を描いた本を見付けた。


 猫のそーせきは、お気に入りの古本の山によじ登って見付けた探検家の本を指の爪でゆっくりと売り物の本をめくった。


 「俺、猫だからやっぱり人間の字を読めないニャ。

 でも、挿し絵を見てると・・・


 だんだん・・・だんたん・・・


 本の中へ・・・」


 ・・・・・・


 ・・・・・・


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・


 猫のそーせきは今、正に轟音が鳴り響く怪しい洞窟の中に迷い込んでいた。


 「ここは・・・何処にゃ・・・?」


 猫のそーせきは、肉球に携えた懐中電灯の明かりの照す方向へ用心しながら、ゆっくりとゆっくりと鍾乳石から滴り墜ちる水滴のぽとん。ぽとん。の音が響く洞窟の奥へ奥へと入っていった。


 「怖いにゃ・・・何がこの奥に潜んでいるか・・・

 うにゃぁー!!ゾクゾクするニャー!!」


  

 しゅぅ~~~~~~・・・



 「うにゃ?何の音にゃ?」



 猫のそーせきは、ヒゲをヒクヒクさせて耳をしゅぅ~~~~~~~・・・とまるで空気が出ている様な音にそば立てながら、音のする場所へ恐る恐る近づいてみた。



 しゅぅ~~~~~~~~~・・・



 「うにゃぁぁっ?!」


 猫のそーせきは、目を疑った。


 洞窟の行く先を塞ぐように、巨大な赤いゴム風船がどんどん大きく大きく大きく大きく膨らんでいたのだ。


 「ふ、でっかいふうせん!!どんどんどんどんどんどん膨らんでいくニャーーーーー!!

 こ、怖いニャーーーーーーーーー!!」


 猫のそーせきは、耳を肉球で押さえつけて塞いで必死にどんどんどんどんどんどん膨らんで迫ってくる巨大な赤い風船から逃げた。



 しゅぅ~~~~~~~~~!!



 巨大な風船は、遂に猫のそーせきの身体を圧迫する位に大きく膨らんだ。


 「く、苦しいニャーーー!!」



 ぱぁーーーーーーーーん!!



 ・・・・・・


 ・・・・・・



 「うにゃぁぁーーーーっ?!」


 目の前の巨大風船が膨らみ過ぎてパンクして仰天した猫のそーせきは、古本の山の隙間と隙間に埋まって目が覚めた。


 「そーせき。どうしたんだよ突然?!」


 古本屋の店主は、古本の山を退かしてやっと猫のそーせきを救出した。


 猫のそーせきは、困惑する店主の前で面目なさそうに頭を爪でくしくしと搔いた。


 「気を取り直して、何か違う本でも。」


 猫のそーせきは再び古本のラビリンスを掻き分けて、また一冊の本を携えた。


 「これは面白そうだニャ。スリルとアクションものの物語。

 やっぱり俺は猫だから、字は読めないけど。この迫力ある表紙の絵でこの本の内容は把握出来るニャ。」


 猫のそーせきは、ページを爪でゆっくりとめくった。


 パラパラとめくっているうちに、またウトウトと眠くなってきた・・・



  ・・・・・・


 ・・・・・・



 ちゅどーーーーーーん!!



 間一髪だった。


 後1秒遅かったら、あの爆発に巻き込まれていた。


 そう。俺はとあるエージェントだ。

 今、悪の地下組織のアジトに侵入している。


 ちっくしょー!!きりがない!!

 何人もバッタバタと悪人を倒しても、どんどんどんどん俺を襲いにやって来る!!


 あーめんどくせーーーっ!!

 全員引っ掻いてやるーーっ!!


 うにゃーーーーーー!!



 ばさーっ!!ばさーっ!!ばさーっ!!



 ざまあみろだ。全員下っ端を倒してやった!!


 よし!!遂に来た!!敵の総本部!!



 ガシャッ!!



 バキューーーーン!!



 おい!!卑怯だぞ組織のボスめ!!

 飛び道具を使うなんて!!


 よし!!俺も飛び道具使うぞ!!

 俺のピストルは黄金銃!!


 くらえ!!



 ぷぅ~~~~~~~!!



 えっ?!えーーーーーーー!!

 何でピストルから、赤いゴム風船が膨らんでくるんだ!!



 ぷぅ~~~~~~~~~~!!



 こんなに大きく赤い風船が膨らんじゃったーーーー!!


 割れる!!割れる!!割れちゃうニャーーーーー!!



 ぱぁーーーーーーーーん!!



 ・・・・・・


 ・・・・・・



 猫のそーせきは目覚めると、腰を抜かした状態で地面に転がっていた。


 「おい大丈夫かよ。そーせき?!」


 寝ていた状態から突然古本の山から転落した猫のそーせきに、店主が遣ってきて抱いてきた。


 猫のそーせきは、恥ずかしそうに後ろ足で耳の裏を掻いた。


 「んもー。違う本よむぜ。」


 猫のそーせきは、またまた古本のラビリンスを掻き分け、掻き分け、一冊の恋愛小説を持ってきた。


 「俺は猫だから人間の字は・・・以下略。

 神秘的な表紙を見ると、美しい恋愛劇なんだなと感じるぜ。

 況してや、雌猫には縁がない・・・それはどうでもいいけどな。」


 猫のそーせきは、恋愛小説を爪でパラパラ捲るといつの間にか眠りこけてしまった。



 ・・・・・・


 ・・・・・・



 「好きだよ・・・さくらちゃん。」


 猫のそーせきは、白猫のさくらちゃんに愛の告白をしている最中だ。


 「私も好きよ。」


 白猫のさくらちゃんは、猫のそーせきの肩に寄せて愛の告白をしてきた。


 「俺も好きだぜ・・・」


 猫のそーせきは、目を細めて恥じらう白猫のさくらちゃんに言い聞かせた。

 

 「そーせきさん・・・」


 「なんだい?さくらちゃん・・・」


 ・・・白猫と愛の口づけ・・・


 ・・・するの?するの?本当に・・・?



 ドキドキドキドキドキドキドキドキ・・・


 

 「古今東西ゲームしよ。」


 猫のそーせきは白猫のさくらちゃんからいきなり、膨らんでいく赤い風船を手渡そうとうとした。




 ぶぉ~~~~~~~~~~!!



 ・・・ええっ?!また風船かよ・・・!!


 猫のそーせきは、白猫のさくらちゃんの持っているどんどん膨らんでいく風船にドギマギした。


 「私から行くよ。『キス』。」


 「スキ。」猫のそーせきは、風船を慌てて返した。


 「じゃあ、『スキ』。」


 今度は猫のさくらちゃんはそーせきは風船を返した『キス』。


 「スキ!」「キス!」「スキ!」「キス!」「スキ!」「キス!」「スキ!」「キス!」「スキ!!」「キス!!」「スキ!!」「キス!!」「スキ!!」「キス!!」「スキ!!!」「キス!!!」「スキ!!!」「キス!!!」「スキ!!!」「キス!!!」

 

 猫のそーせきと白猫のさくらちゃんが次々とリレーする赤い風船は、信じられない位に巨大に膨らんでいく。


 ・・・もう根元のネックまで風船が膨らんじゃってる・・・!!

 

 猫のそーせきはゴムが薄くなった赤い風船に激しく動揺した。


 「うわーーー!!割れちゃうーーー!!ミイちゃんスキーーーーーっ!!!!!」



 ばぁーーーーーーーーーーん!!!!!



 ・・・・・・


 ・・・・・・

 

 

 猫のそーせきが目が覚めたら、仰向けになって地面に転がっていた。


 「そーせき、今日は3回も古本から墜ちたけどどうしたの?」


 古本屋の店主は、猫のそーせきを抱いて耳元を撫でた。


 ・・・それにしても、俺。何で今日は夢の中で何度も赤い風船が出てきて邪魔されるんだろ・・・?


 猫のそーせきは、今さっき転落した古本の上に積まれた絵本を見て震撼した。


 その絵本の表紙は、少年が赤い風船を持っている絵が書いてあった。


 その絵本の題名は、『あかいふうせん』。







 ~古本屋の看板猫の夢~


 ~fin~

 


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