第33話 臨時バイトの常連客②
「高木一人じゃ相手しきれねえな」
「俺、行ってくる」
「大吉さん、大丈夫ですか?」
「んああ」
大吉は非常にやる気なさそうな声を出し、のっそりと歩いて店内へと向かった。愛は心配になった。
「大吉さん、いつも愛想ないけど接客とかできるのかな……」
「まあ、少なくとも高木さんよりマシでしょうきっと」
愛が耳を澄ませていると、大吉の声が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ」
いつもの抑揚のない声より、心なしか愛想がある声だった。
「お二人様ですか? お好きなお席にどうぞ」
「あ、はい」
「メニューとお冷やです。お決まりになりましたら、お呼びください」
「は、はいっ」
大吉が高木と共に厨房へと戻ってきた。
「須崎さーん、ナポリタンとオムライスの注文入りました」
「はい。ちょっと人手が足りなくなりそうなので、治部良川さんアシスタントお願いします。冷蔵庫からケチャップと卵を取ってください」
「お安い御用だ」
須崎が調理する音に混じって、店内から客の声がする。
「ねえっ、今の店員さんかっこ良くない?」
「私も思った! すっごいイケメンだった!」
耳に届く押し殺した興奮した声に、愛は首を傾げる。
「イケメン……?」
「きっと俺のことっすよ! いやぁーモテて参っちゃうなぁ!」
ポジティブ思考な高木がご機嫌で言うも、続く言葉はどう考えても高木を形容していない。
「ちょっと気だるげな雰囲気が最高だった! 色気ある!」
「なんかどことなく退廃的な感じがあったよね……同い年くらいかなぁ?」
「背も高くてー声もめちゃくちゃ素敵だった! 耳が幸せ!」
「あんなイケメン、うちの大学にはいないよね」
「もしかして大吉さんのことじゃないですかね」
竹下の言葉に、全員が大吉を見た。大吉は客の言葉など全く聞いておらず、せっせと調理をする須崎を興味深そうに眺めている。
「須崎さんってそうやって調理してるんですね」
「ねこの体だと厨房に背が届かないので、踏み台が必須なんです」
「よくその手で料理できますね」
「毛が入らないように細心の注意を払っています」
退廃的、気だるげな雰囲気のイケメン。
言われてみれば、そうかもしれない。尋常ではない喫煙量と、世間に背中を向けて生きている、退廃というより無気力な雰囲気を漂わせていたせいで気にしたことなかったが、大吉は整った顔をしている。背も高い。そういえば声も良いなぁと今更ながら愛は思った。
高木がうなだれる。
「くっ……兄貴、喧嘩がつええだけじゃなくて女の子にも人気があるなんてずるい」
「ナポリタンとオムライス、出来ましたよ」
「俺、注文聞いてくる」
高木が料理を持ち、大吉が注文をとりに店内に繰り出そうとしたその時、またしても店の扉が開く。
「お客さん! わ、私、注文とりに行ってきます!」
「愛さん、頑張ってください」
「裏方は俺たちに任せておけ」
「よろしくお願いします、愛さん」
須崎と治部良川、竹下の声援を受けた愛はひとつ頷いてから厨房を出て颯爽と客席に向かった。
アルバイトはしたことないけど、学園祭で接客をしたばかりだから大丈夫大丈夫。そう考え、ドキドキする気持ちを抑えつつ、お客様を出迎えた。お客様は親子だった。まだ五歳くらいの小さい子供と、その母親の二人組だ。
「い、いらっしゃいませっ、お二人様ですか? 空いているお席へどうぞ!』
噛まずに言えた私、偉い。愛は自分で自分を褒めながら、水とメニューを運ぼうと踵を返す。そうしたら客の注文を聞き届けた大吉が視界に入る。
「では、ご用意しますので少々お待ちください」
そう言って微笑む大吉は、愛が見た笑顔とはちょっと違う、いわゆる外向けの笑みのようなものだった。だがしかし、大吉が注文を取った、おそらく大学生くらいの二人組はきゃーきゃー言っている。
「やっぱりあの店員さん、かっこいいよ……」
「こんなさびれた店にあんなかっこいい店員さんいるなんて思わなかった」
「まじで眼福すぎる」
「耳まで幸せ」
ものすごい盛り上がりようだった。愛の後の続く高木は唇を尖らせつつ厨房へと引っ込む。
「須崎さん、プリンアラモードとチョコパフェお願いします」
「はいはい」
「兄貴、モテていいなあー俺も女の子にきゃーきゃー言われてえ」
二人の会話を聞きながら、愛は水とメニューを持って先ほどの親子の元へと戻った。
「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」
すると男の子の方がじーっと愛を見つめて、唐突にこんなことを聞いてきた。
「ねえ、お姉ちゃん。ここ、ねこがお料理運んでくれるお店でしょ?」
「えっ」
愛が母親に視線を滑らせると、スマホを取り出して愛に見せてきた。
「この投稿写真を見て、息子がねこに接客してもらいたいって聞かなくって。本当にいるなら、なんですけど、私も半信半疑で……だってねこが立って歩いて料理を運ぶなんて、あり得ないでしょう?」
「でもママ、本当かもしれないって言った。ねえお姉ちゃん、本当にこのお店、ねこがお料理運んでくれるの?」
「ええっとぉ……」
五歳児に純粋な期待に満ちた目で見つめられて、愛はどう答えようか迷った。
はい、そうなんですよ。このお店はねこが接客してくれるんです、と正直に答えられたらどんなにいいか。しかし須崎の正体は絶対に隠しておかなければならない。一度存在が知れ渡れば、きっと須崎は捕獲されて研究所送りになってしまう。平穏な日常を保つために、須崎のことは秘密にしておかなければ。
「……残念ながら、当店に料理を運ぶねこはおりません……」
愛がそう言った瞬間の、少年の顔は忘れられそうにない。キラキラした瞳が戸惑いに見開かれ、一瞬硬直する。それから言われたことを噛み砕き、理解した後、眉尻を下げてうつむき、がっくり視線を膝に落とす。全身でショックを受けたことを表す少年に、愛の良心が苛まれた。無垢な幼児を騙してしまったことへの罪悪感。けれど須崎を守るために本当のことを言えないという愛の正義心。全てはこの世界が悪いのだ。ただただ須崎の存在を受け入れ、肯定し、ありのままの須崎がのんびりと暮らせる世界だったら、少年にも本当のことが言えるし、須崎だって姿を現せたのに。
母親が男の子の頭を撫で、優しい声を出す。
「仕方ないわよ。何か食べて、遊びに行きましょう。何がいい?」
「オレンジジュース」
「何かちょっとでも食べない? ピザトーストがあるよ」
男の子は力なくうなだれたままこくりと頷いた。
「店員さん、オレンジジュースとピザトースト、それからアイスカフェオレをお願いします」
「かしこまりました」
愛は無力な自分を呪いつつメニューを注文表に書きつけると、そそくさとその場を離れて厨房へと戻った。厨房では須崎があくせくと働き、調理を担当している。
「ああ、忙しい。こんなにお客さんが入ることなんてないから、てんやわんやです。ねこの手も借りたいとはこのことですね」
「面白いこと言ってんなワレは」
「須崎さん自身がねこでしょう」
接客に向かない治部良川と竹下は須崎の調理の補助をしている。愛はよろよろと歩いて須崎の下へと近づいた。
「ピザトーストとオレンジジュース、アイスカフェオレをお願いします」
「はい」
「須崎さん、私……何の力も持たない自分自身が憎いです。力が欲しい。誰にも何も言われない、圧倒的な力が。力さえあれば、須崎さんを守ることができるのに……!」
「どうしたの愛チャン。今にも闇堕ちしそうな味方キャラみたいな台詞吐いて」
「高木さん。実は今お店にいる男の子に、ものすごく純粋な目で『ねこがお料理運んでくれるの?』って聞かれてしまって、いないと嘘をついたらすごくガッカリされてしまって……」
高木は納得したように、あーと声を出した。竹下がしょげる愛を励ましてくれる。
「それは仕方ないことですよ、江藤さん。世の中には隠しておかなければならないことだってあるんです」
「わかってますけど、騙すのが可哀想で私の罪悪感が……!」
「須崎さんとお店の平穏のために耐えるんです」
「ううう……」
「またお客さんが来たみたいですよ」
「行ってきます……」
愛はがっくりしたまま再び客席の方へと向かった。
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