3月31日 春はまだまだ続く


 3月が終わる。大気にも大地にもようやく春が定着しつつあり、この頃はもう、冬の名残は朝晩の隅っこにしか残っていない。うぐいすの歌も、ずいぶん上手になった。まさに「今が時ぞ」というわけだ。


 風景には、小さなものたちの姿があふれている。このエッセイを書き始めた当初は、目に見える春らしいものといったら、おずおずと頭をもたげ始めたロゼット植物くらいのものだった。

 そこへ、活動を再開した越冬昆虫たちが加わった。どこからわいて出たのか、アブラムシたちももぞもぞ動き出した。アブラムシを狙って、テントウムシも活発になってきた。どこもかしこも、生きものだらけだ。

 これでようやく、私も安心して、彼らの気配に隠れることができる。



 冬の間ずっと私を苦しめてきた、きりきり痛む心細さや寂しさは、春の訪れと共に融解し、水路をちょろちょろと流れていった。どこを見ても、生きているものがいる。脚の多いものたちが、ちょこまかと動き回って、あるいは置物のようにじっと動かないでいて、しかし生きている気配をビーコンのように発し続ける。

 私もちゃんと、ビーコンだろうか。生きている気配を発しているだろうか。

 ものを食べて、ちょっと大きくなったりたまに小さくなったりしながら、もちろん私も生きている。生きてはいるけれど、あの美しい小さなものたちのように、誰かに「ああ、生きているなあ」と感嘆されるような、そういう命であるだろうか。


 ものすごく「そうなりたい」というわけではないけれど、私だって、セスジスズメの半分くらいは一生懸命生きているつもりなので、「そうだといいな」とは思う。



 さて、明日から4月だ。春はこれからが本番。

 ちょうど桜が満開になるころだし、週末は三色団子をたずさえて花見にでも繰り出そう。どうせ桜を見ている時間より、地面に這いつくばって写真を撮っている時間の方が長いだろうけれど。


 私たちの季節はまだまだ続く。冬は人間を頑張ったから、また次の冬が訪れるまでは、人間でないものでいよう。




***


 このエッセイも今日で終わりです。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。それでは皆さま、良い春をお過ごしください。



<おわり>

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冬は人間を頑張ったから。 深見萩緒 @miscanthus_nogi

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