3月21日 花をうながす雨


 今日は一日中雨だ。この天気のせいか、朝から体調もすぐれない。幸い、祝日なので気兼ねなくゆっくりできるが、少しもったいないような気もする。休みの日だからこそやりたいことが山ほどあるのに。と、ベッドに寝転がりながら考える。


 ベッドの脇には窓があり、窓辺にはすみれちゃんの植わったプランターを置いている。すみれちゃんは花芽こそ出していないものの、春になってからぐんぐん葉をのばしている。すみれちゃん2期生の芽も出てきた。2代目ではなく、2期生である。


 去年の春に撒いたスミレの種が、秋に芽を出して育ったのがすみれちゃん1期生だ。しかし全ての種が発芽したというわけではなかったらしい。発芽しないまま土の中で眠りについていた種たちは、春の気配を感じて、1年越しに芽を出した。アイドル養成所に入った時期は一緒だったけれど、アイドルとしてデビューするのに1年よぶんにかかってしまった子たち。すみれちゃん2期生というわけだ。


 すみれちゃん2期生は、環境的に非常に恵まれている。秋に芽を出し、まだ若いうちから冬を耐えなければならなかった1期生とは雲泥の差だ。これから気候は暖かくなる一方だし、日照時間も伸びてくる。しかも、先日みかんちゃんを植え替えた際に元肥として使用した固形肥料を、すみれちゃんのプランターにもおすそ分けしてあげたので、土中栄養も申し分ないはずだ。


 ひと昔前のアイドルドラマだったら、ようやくアイドルとしての自覚を持ち始めたばかりのすみれちゃん2期生が、厳しい環境でアイドルとして芽を出したゆえにプライドが極端に高い1期生に、とことんいびられる展開になるやつである。

 それはそれで見てみたいような気もするが、今のところすみれちゃんたちは皆仲良くやってくれているようだ。このまま、1期生2期生ともに元気に育ってほしい。そして出来れば、今春中に花を咲かせてほしいものだ。



 今日は一日中寝ていたので、書くことがなにもない。今日頭をかすめた「春らしさ」といえば、ぼんやりと窓の外を見ながら、そういえばこの時期の雨は「催花雨(さいかう)」というらしい。と考えたことくらいだ。

 暖かな気候が続いたあとに、雨で土を湿らせる。するといよいよ春が土の深いところまで沁み込んでいって、寒の戻りを警戒して沈黙していた種つぶも芽を出すし、かたくなだったつぼみの頬をゆるむというわけだ。


 我が家のすみれちゃんは、「家の中でスミレを楽しみたい」という私の欲望のために、完全室内栽培だ。ゆえに今日も、少し冷たさの残る催花雨を1滴も浴びることなく、薄暗い雨空に葉を向けている。


 すみれちゃんを外に出し、催花雨に当ててやれば「ああ、もう春なんだな」と気が付いて、いそいそと花の準備を始めるだろうか。

 それとも、催花雨だろうが水道水だろうが関係なく、水という水をぐんぐん根から吸い上げて、「なかなか結構だけれど、まだまだ、もうちょっと」と、すました顔で私を焦らすだろうか。


 あんまり焦らさないでほしいとは思うが、季節ばかりは、こちらが急かしたとて早足で来てくれるわけもない。心待ちにする時間も楽しいと、自分を納得させるしかない。

 私は今日も、水道水を満たしたペットボトルを傾けて、催花雨の代わりを務める。


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