3月2日 花粉は来るな。


 杉花粉が飛んでいる。

 家の前の排水溝に、黄色い粉が溜まっていた。花粉だ。あまりの量に唖然とすると同時に、こんなに飛んでいたんじゃあ目も痒くなるわ、と納得してしまう。

 今日は雨の後の晴天、しかも強風。杉花粉はびゅんびゅん飛んでいることだろう。杉のセックスに巻き込まれ、目や鼻をずびずびさせている人間、本当に可哀想だと思う。

 私も決して他人事ではない。花粉症ではないものの、さすがに光輪ができるほど撒かれては、目や鼻がむず痒くなる。


 このエッセイの趣旨の通り、私は春が好きだ。

 春に付随するあらゆる「好き」のうち、かなり上位に位置するのが「春の匂い」だ。

 まだ少し肌寒い風に乗って、花の香りが運ばれてくる。香りの主は水仙であったり、菜の花であったり、ヒヤシンスであったりする。あるいは、少し湿った土の匂いや、芽吹き始めた若葉から蒸散する水分の匂いかもしれない。

 その匂いを嗅ぐと、いよいよ春だなと実感できる。それが嬉しくて、私は春風を受けて、大きく深呼吸をする。胸いっぱいに春を吸い込む。


 できればそこに、杉花粉は含まれていてほしくない。


 杉花粉も春の一部ではないか、と言われればその通りだ。しかし断っておくが、私は決して博愛主義者ではない。いくら春であろうとも、私に害をなすものまで丸ごと愛せるほど寛容ではない。

 あくまで私に対して無害で、なおかつある種の共感を抱いているからこその愛であり、害があれば容赦なく叩き潰すタイプだ。(家に出てくる黒いあいつとか)


 可能ならば、杉花粉も叩き潰したい。それか、杉の周りに馬鹿でかい掃除機のようなものを置いて、片っ端から吸い込んでやりたい。

 集めた杉花粉は、せめて有効利用してあげよう。食用にできないだろうか。杉花粉団子とか。いや、考えたそばから喉がむず痒くなってきた。だめだ。やはり燃やすしかない。


 しかし、残念ながらそれは不可能だ。仕方がないので、私はこまめに鼻うがいをし、目を洗い、家の中に入る前には服をはたく。杉め。



 それにしても、冷静になって考えてみれば、杉も可哀想ではある。人間の都合で大量に植えられたかと思いきや、植えられたそばから目の敵にされる。すさまじい理不尽だ。そりゃあ世界を呪いたくもなるだろう。

 そんな厳しい立場に生まれながらも、世を儚むのではなく、全力で繁殖してやろうという気概は褒められるべきかもしれない。是非ともそのようにたくましく生きたいものだ、とは思う。でも花粉は飛ばさないでほしい。


 繁殖とは、あらゆる生命の根幹となる行為だ。誰も杉を責められない。私も、杉を責めない。(恨みはするが)

 杉花粉満載の春風を吸い込みながら、私はただただ心から願う。

 どうかこの先ずっと、花粉症を発症しませんように。あと、杉花粉の絶対量が減りますように。


 花粉症の人、頑張ってください。


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