第54話 成敗

「おお、これは良庵! 久しいのぅ」

城主忠親ただちかが嬉しそうに相好そうこうを崩す。


「殿、ご無沙汰いたしております」

 町医者良庵は、普段とは違う絹の羽織を身に纏い、流れるような所作で忠親ただちかの前へ進み出ると、頭を下げた。


「そなたが肩入れするとは珍しい」


「下町人情にあてられましたかな」

 世間話をするように一国の主と言葉を交わす良庵を、五平とお涼は目を丸くして見つめていた。


 町医者良庵とは仮の姿。

 良庵は、かつて阿ノ国軍師として総戦力を率いていた。現役を退いて後、忠親の教育係として勤め上げ、名君主忠親の基礎造りに貢献した。後続の育成にも注力し、真田三勇士の師範でもある。


 城内屈指の発言力を誇る良庵の登場に、裁き場の空気はこれまでとは違う方向へと流れ始めた。


 良庵は、お涼を見て言った。

「お涼さん、少し調べさせてもらったよ。あんたは戸隠の優秀な里長宗兵衛殿の落としたね、かつ『狂い咲きの徒花』と呼ばれし伝説のくノ一あやめ殿を母に持つ」

 お涼は伏せた目の縁で五平を盗み見た。 

突拍子のない話に五平は口を軽く開け、呆けている。


「……相違……ございません」

苦し気にお涼は声を漏らした。


「名だたる里長を父に、一国を傾けたくノ一を母に持つとなれば、諸国喉から手が出るほど欲しい逸材。このまま捨て置くわけには参らぬ」

 物騒な良庵の物言いに、五平が慌てて駆け寄ろうとして護衛に取り押さえられる。


「良庵先生! どうか、どうかお慈悲を!」

玉砂利に押し付けられながら五平が悲痛な声を上げる。


 良庵は、穏やかな笑みを称えた顔で杖を型どった仕込み刀をスラリと抜いた。

「国を滅する力など、いさかいの火種に他ならぬ。大火となる前に踏み消さねばおちおち夢も見られまい」


 良庵はお涼の横に立ち、よく手入れのされた仕込み刀を振りかぶった。



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