第35話 従姉妹と、星空を見ていた


  *


 わたし、一糸陽葵と彼、旗山蒼生の出会いは本当に小さい頃だった。


 旗山家で夏を過ごしていたとき、わたしは迷子になっちゃって泣いていたことがある。


 みんなで、わたしのことを探していたみたいなのだけど、そのときに蒼生が真っ先に見つけてくれたのだ。


 そして、彼は、手をつないで一緒にみんなのところまで連れて行ってくれた。


 そのせいで、しばらく蒼生のことを意識してしまっていた。


 わたしたちは親戚で家族だから、そういう感情を抱いちゃいけないと思っていた。


 それでも、気がつくと彼のことを考えている自分がいて、その度に胸が苦しくなった。


 もしかしたら、これが恋なのかもと自覚したのは、そんなに時間もかからなかった気がする。


 彼と一緒にいると楽しくて幸せで心が温かくなれる。


 それが心地よくて嬉しかった。


 彼と一緒なら大丈夫って思えた。


 だから、わたしは彼に、ずっと、そばにいてほしいって思うようになった。


 でも、なんだか恥ずかしくなって、わたしは彼に会うのを避けるようになった。


 けど、やっぱり寂しくて悲しくて、つらくて、どうしようもなかった。


 わたしは家族としてではなく、それ以外のなにかを彼に感じてしまったのだ。


 彼がいない世界なんて考えられない。


 そんなふうに思えるくらい、わたしにとって大きな存在になっていく。


 そんな想いが募っていき、だんだんと我慢できなくなってしまっている。


 わたしは彼のことが好きだけど、彼は、どうなんだろう?


 そんな疑問が浮かんでくる。


 それを確かめるために勇気を出す必要が、きっとあるはずだ。


 だからこそ、わたしは、がんばりたいと思った。


 一華お姉ちゃんの提案には驚いたけれど、これってチャンスかもしれない。


 蒼生は優しいし、誰に対しても平等に接する人だ。


 だから、わたしが一歩踏み出せば、もしかしたら、受け入れてくれるかもって期待している自分もいる。


 それに、このままだと、ほかの女の子たちに取られちゃう可能性もある。


 だったら、今のうちにアピールしておかないと……。


 だって、蒼生を誰にも渡したくないから……。


 だから、これから、どんどんアピールしていくよ……。


 まずは、蒼生に好きになってもらえるように、もっと、かわいくなるんだ……。


 だって、男の子は、かわいい子のほうが好きだもんね……?


 でも、それだけじゃなくて、蒼生のことを一番に想っていることも忘れない。


 わたしは、蒼生のために生まれてきたんだもん……。


 だって、わたしと蒼生は常に近い位置にいたから、これは、きっと運命なんだと思うから。


 それに、なによりも、わたしは、ずっと、蒼生と一緒にいたい。


 蒼生がいない生活は、もう考えられないんだもん……!


 だから、蒼生、覚悟していてね……?


 絶対に振り向かせてみせるから……。


 そうすれば、きっと、この先、どんな困難があっても乗り越えられるはず……。


 わたしは、そんな確信めいたものを感じていた。


  *


 俺は運命というものを常に感じて生きてきた。


 宿命論しゅくめいろん、あるいは運命論うんめいろんという言葉を俺は脳内に、ずっと保管している。


 すべての世の中の出来事は、あらかじめそうなるように定められていて、人間の努力ではそれを変更できない、という考え方がある。


 そのような考え方をする人を宿命論者と言う。


 俺は、そういう人間だった。


 そして、今も、そう思っている。


 俺には運命フラグというものが、あらゆる人間から見えているのだ。


 フラグが立つ、という表現がある。


 そのフラグが俺には見えるのだ。


 俺は、この、普通の人には見えないフラグを「運命フラグ」と呼んでいる。


 運命フラグには糸が結ばれており、その糸の動きが運命を決定づけるようにわかってしまうのが、俺の能力だった。


 これは決して超能力バトルものではなく、おそらく、俺だけが持っているスキルみたいなもの。


 どんなに喧嘩を売られようが、無傷でいられたのは、俺の運命フラグが、たどるべき運命を教えてくれるからだ。


 つまり、運命フラグは俺の人生において、なすべきことを教えてくれていたのである。


 そのおかげで、俺は人生における分岐点で危機管理をおこなっていた。


 だから、俺は、たどるべき運命に対して、自信を持って生きていける……と、思っていた。


 そう。


 そんな俺にも、わからないことがある。


 それは、女の子の感情だ。


 俺には、いくつものフラグが立っている。


 それは、一糸家の四姉妹アンド葵結だ。


 彼女たちは、みんな俺に好意を抱いているようだ。


 だが、日本において、人生の伴侶は、ひとりしか選べない。


 まぁ、それは当たり前なんだけどな。


 俺が、みんなを選ぶなんて優柔不断なことをしてしまったら、みんなを不幸にしてしまう可能性がある。


 そうならないためにも、俺は自分自身の気持ちに向き合っていかないといけないわけで……。


 あー、ダメだ。


 そんなに簡単に答えが出るほど、人生は甘くないのだけど。


「はぁ……」


 俺は頭をガシガシ掻いた。


 今、俺は自分の部屋で勉強をしている。


「…………」


 この問題は難しすぎる。


 俺は数学が苦手なのだ。


「…………」


 気分転換にコンビニでも行くか。


 俺は椅子から立ち上がった。


 すると、タイミングよく部屋の扉がノックされた。


「ん?」


 誰だろう? こんな時間に?


「はい……」


 返事をしながらドアを開けると……。


「蒼生、今、大丈夫?」


 そこには、陽葵がいた。


「うん、いい、けど……」


 彼女は片手を上げながら部屋に入ってくると、そのままベッドに腰掛ける。


「どうしたんだ? なんか用事か?」


「うん……ちょっとだけ、お話したいなって思って」


「そっか。じゃあ、どっかいかね? ちょうどコンビニいこうと思ってたんだよね」


「えっ、本当!? じゃあ、わたしも一緒にいく!」


「おう。んじゃ、行こうぜ」


 こうして、一糸家を出て、俺たちはふたり並んで歩き出す。


「…………」


「…………」


 会話がない。


 気まずい。


 正直、俺のことを好きでいてくれる陽葵たちの感情を知ってしまった今、どういうふうに接していけばいいのか、いまいち掴めない。


「あのさ……」


 隣にいる陽葵が声をかけてきた。


「ん、なんだ?」


「蒼生って、本当は誰が好きなの?」


「それを今、訊くんだ……」


「でも、やっぱり気になるもん……」


「う~ん、そうだな……好きっていう感情を言葉で表現するって難しいよな……恋愛って言葉ひとつで片付けるのは難しいというか……だから、好きって感情だけで言うなら全員好きだよ」


「そっか……うん……わかったよ」


 陽葵は微笑みを浮かべて、どこか寂しげな表情をしている。


「蒼生らしいと思う。でも、いつかは誰かと付き合うでしょ?」


「正直、そうだと思うけど……でも、今は、そういうことは考えられないかな。だって、俺には、まだ早い気がするというかさ。それに、みんなのことが好きだからこそ、中途半端なことはできないんだよな。だから、もう少し待ってほしいんだ」


「……蒼生」


「だから、ごめんな。もし、俺がちゃんと答えを出したら、そのときは俺の想いを聞いてくれるか?」


「うん、いいよ。絶対に忘れないからね? わたしたちは、いつでも蒼生の味方だから……それに、応援してるからね……ずっと……永遠に……」


「ああ。ありがとう、陽葵。俺は幸せ者だな……」


「うん、今の蒼生は本当に幸せそう……」


「そうだな……」


 そんな会話をしながら、俺たちは空を見上げた。


 夜空に浮かぶ星々は、とても綺麗で、その光は、まるで希望の灯のように輝いている。


 星空を見ていた俺に、陽葵は手のひらを見せるのだった。

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