第34話 従姉妹と、いろいろと決めた


  *


「愛娘たちよ……がんばれっ! 応援しているぞぉーっ!!」


 桜芽さんの陽気な声が響く。


『はい……っ!』


『うん……っ!』


 四人はやる気に満ちた様子で返事をしていた。


「…………」


 俺だけ置いてけぼりになっている気がした。


 どうやら、俺は、まだまだ苦労しそうだ。


「はぁ……」


 俺は深いため息をついた。


 桜芽さんの考えていることが、よくわからなかった。


「あの、桜芽さん……ひとつ質問してもいいですか……?」


「ん? なんだい? 言ってごらんなさい」


 彼は優しい笑みを見せる。


「どうして、こんなことを……?」


 俺は恐る恐る尋ねる。


「美人姉妹と、ひとつ屋根の下で男ひとりだと、その、いろいろ心配になりませんか……? それに、もし間違いがあったりしたら……」


 俺は不安だった。


「蒼生くんに限って、そんなことはないと思うけど……」


「そ、それは……わかりませんよ……」


 俺は慌てて否定する。


「まぁ、確かに君は男だしねぇ……」


 桜芽さんは顎に手を当てながら言った。


「でも、その前に僕たちは家族だろ?」


「…………」


「君のお父さんとお母さんに君のことを頼まれたとき、思ったんだ。蒼生くんは愛娘たちを守るって……」


「桜芽さん……」


「それに、君は僕の大事な息子みたいなものだからね」


 桜芽さんは微笑んだ。


「ありがとうございます……」


 俺は頭を下げる。


 やっぱり、桜芽さんは優しい人だ。


「あと、やっぱり、これは言っておくかな……」


 桜芽さんは真剣な顔で言う。


「はい……?」


 俺は首を傾げる。


「愛娘たちを傷つけるようなことをしたら、絶対に許さないから」


「っ……」


 彼の瞳の奥には強い想いが感じられた。


「わかっています……」


 しっかりと俺は答える。


「よし、いい子だ」


 桜芽さんは満足げにうなずく。


「…………」


 俺はこの先、ちゃんと彼女たちと暮らしていけるのだろうか……。


 俺は少しだけ不安になる。


「あとは愛娘たちに任せることにするよ……」


 桜芽さんは俺を見つめていた。


「はい……」


 俺は小さく返事をする。


「じゃあ、僕は海外に戻るよ……」


 桜芽さんは踵を返して、去っていく。


「あっ、桜芽さん……」


「ん?」


 桜芽さんは振り返る。


「最後に、もうひとつだけ教えてください……」


 俺は尋ねた。


「なにをだい……?」


「あの、どうして俺に、そこまでしてくれるんですか……?」


「ああ、それね……」


 桜芽さんはクスッと笑う。


「それはね、君は、やっぱり家族なんだよ……」


 桜芽さんは優しく微笑んだ。


「桜芽さん……」


 俺は静かに名前を呼ぶ。


「じゃあ、また会おう……愛娘たちを守るヒーローくん」


「はいっ! ありがとうございますっ!」


「蒼生くんの現状は、ちゃんと蒼生くんの両親に伝えるわね」


 藍乃さんが俺に向かって言う。


「は、はい……よろしくお願いします。俺は元気です、と伝えてください」


 俺はペコリと頭を下げた。


「蒼生のこと、私たちも守るから安心してくださいと伝えてね、お母さん?」


 一華さんが藍乃さんに、そう伝える。


「ええ……わかったわ……」


 藍乃さんは静かに返事をした。


「…………」


 俺の親戚は本当の意味で家族なんだな、と改めて思い知らされた。


 俺は、みんなに生かされているんだな……。


「君たちの進む道に幸あらんことを。……君が風紀委員で本当によかったよ。これからの活躍を期待している……」


 そう言って、桜芽さんは去っていく。


「……また、連絡するわね」


 藍乃さんが俺に言う。


「はい、ありがとうございました」


 俺は深くお辞儀をして、感謝を伝えた。


「ふふっ……あなた、張り切っちゃって……」


 藍乃さんが呆れたように言う。


「ははっ……だって、本当に息子ができたみたいじゃないかっ!」


 桜芽さんは楽しげに言う。


「ふふっ……」


 藍乃さんも嬉しそうな表情を浮かべていた。


「……さて、お父さんとお母さんに許可をもらったことだし、私たちの今後を考えましょうか……」


 一華さんが言ったので、俺も返事をする。


「はい……」


 俺は返事をするが、正直なところ、今の段階では、まだ結論を出せそうにない。


「これから、蒼生には、彼女を作ってもらいます〜!」


 一華さんが宣言した。


『!』


 四人の視線が俺に集中する。


「……へっ!?」


 俺は思わず素っ頓狂な声を出してしまう。


「一華さん、いきなり、なにを言っているんですか……?」


「でも、そういうことでしょ〜! 蒼生と恋人になるためにはアピールが必要だって〜! なら、なにかしらの活動を始めないと〜!」


「いや、だからと言って、なんで急に、そんな話……」


「まぁ、確かに、それは大事ですよね……」


 葵結が納得した様子で言う。


「あたし、負けられないっ!」


 咲茉はやる気に満ちた様子で言う。


「…………」


 琴葉さんは黙ったままだが、その目は真剣そのものに見える。


「ちょ、ちょっと待ってくれ……」


 俺は慌てて口を開く。


「アピールって、いったい、なにをするのですか……?」


 俺は恐る恐る訊く。


「そんなの簡単だよ〜!」


 一華さんは平然と言う。


「蒼生に積極的アピールをおこなう〜! ただ、それだけ〜!」


「そ、それで……?」


「蒼生の心が動いた誰かが恋人になるってこと〜!」


『…………』


 俺を含め、全員が固まってしまった。


「いや、それは、まずいんじゃ……」


 俺は焦りながら言う。


「蒼生の恋人になりたい彼女たちだから、蒼生のためなら、なんでもできるよね〜? だったら、蒼生の心を動かしちゃえばいいわけだもん〜!」


「い、いや、でも……」


「それに、蒼生だって、このままだと困るでしょう……? いつまで経っても彼女ができないと……」


「そ、それは、どうだろう……?」


「じゃあ、なにか問題があるの?」


 一華さんは、じっと俺を見つめてくる。


「うっ……」


 俺は言葉に詰まる。


「たしかに、一華さんの言う通りかもしれません……」


 葵結は顎に手を当てて考え込むような仕草を見せる。


「蒼生に振り向いてもらうためには、積極的にアプローチしていく必要があると思います。でも、それは、いつも通りですけどね」


「葵結っ!」


「あたしも今まで以上に積極的にアピールするよっ!」


 咲茉は真っ直ぐに俺を見つめていた。


「…………」


 もし、俺が誰かを好きになったとき、この気持ちは、ちゃんと伝えられるだろうか……。


 ……いや、今は考えるのをやめよう。


 俺は自分の心に問いかけるが、答えが出なかった。


「…………」


 俺は黙って俯いてしまう。


「ふふっ……」


 すると、隣にいた琴葉さんが小さく笑みをこぼす。


「……えっと、どうかしましたか……?」


 俺は首を傾げる。


「いえ、蒼生くんは、本当に愛されているなって思っただけです」


「っ……」


 彼女の微笑んだ顔を見て、俺はドキッとしてしまう。


「蒼生くん、私もがんばろうと思う」


「こ、琴葉さん……」


「蒼生くんの彼女になれるように、精一杯、アピールしていこうと思っています」


「…………」


「ふふっ……」


 琴葉さんは小さく笑うと、そのまま立ち上がってリビングから出て行った。


「蒼生、私たちもがんばらないとね〜!」


 一華さんは楽しげに言った。


「そうですね……」


「じゃあ、決まり〜! 私たちの今後について、しっかり話し合っていこうね〜!」


「はい……」


 なんだか、これが(幸福的な意味での)受難の日々の始まりにしか思えないけど……。


 そんなことを思ったとき、誰かが俺の服の裾を引っ張った。


「ん?」


 振り返ると、そこには陽葵がいた。


「蒼生……」


「どうした、陽葵?」


「あのね、わたし、蒼生のお嫁さんになりたいから、アピールする……」


 彼女は恥ずかしそうに言う。


「……!」


 俺は思わず目を大きく見開く。


「だから、これから、よろしくね……」


 そう言って、陽葵は俺の手を握った。


「よ、よろしくな……」


 俺は少しだけ照れながら返事をする。


 こうして、俺たちは、いろいろと決めたのだった。

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