第7話 従姉妹と、不良たち


  *


 食堂で昼食を注文する。


 俺は、とんかつ定食を頼んだ。


 ちなみに、陽葵はオムライス定食、進野はラーメン定食、妹の進野知世はハンバーグ定食を頼んでいた。


「知世さんは一年生だったんだね」


「はい。でも、呼び捨てで大丈夫ですよ」


「じゃあ、俺のことも蒼生でいいよ」


「わかりました。蒼生」


「うん、知世」


「おいおいおいおい」


「どうした、進野?」


「妹のことは呼び捨てなのに、俺は、いつまで名字呼びなんだい、蒼生?」


「確かに、そうだな……改めて、よろしく、悠人」


「ああ、よろしく」


 そう言って、俺と悠人は握手を交わす。


 ――それにしても、この兄妹……よく似てるな。


 なんというか雰囲気が似ている。特に笑顔とか。


 まあ、兄妹だから当然と言えば、それまでだが。


 進野悠人は純粋な黒髪であり、それは進野知世も同じであり、純粋な黒髪だった。顔立ちも整っており、目元がそっくりである。


 ただ、当たり前かもしれないが、身長は悠人のほうが高い。


「ところで、蒼生と陽葵さんは、どういう関係で?」


「もしかして、蒼生と陽葵は恋人ですか?」


「違うよ。陽葵とは……ただの幼馴染なんだ」


「へぇ〜、そうなんですか。てっきり、陽葵さんの王子さまだとばかり……」


「そんなわけないよ! 蒼生とは、た・だ・の! 幼馴染なんだから! ねー、蒼生!」


 陽葵がムキになって言う。


「あはは……」


 俺は苦笑いを浮かべるしかない。


「それより、蒼生」


「なんだよ、陽葵」


「今日、帰りにスーパーに買い物に行くんだけど、荷物持ちとして付き合ってくれない?」


「えっ? 別にいいけど……」


「よかった。ありがとう」


「いや、そんなことで礼を言う必要はないだろ……」


「そうかな?」


「そうだよ……」


 相変わらず、陽葵は変な奴だな……。


「ふむ……これは、なかなか興味深いですね」


 知世が俺たちの話を聞いて、そう呟いた。


「どうかしたのか、知世?」


「いえ、なんでもありませんよ? ……ただ、面白いなぁと思いまして」


「……?」


 なにが面白かったんだろう?


「蒼生……知世は、おまえと陽葵さんと勝手にカップリングしているようだぞ」


「えっ!? なにそれ……」


 俺は思わず困惑する。


「いや、知世の中では、そういうことらしい」


「ははは……」


 俺は思わず苦笑するしかなかった。


 まあ、別に悪い気はしないけど……。


「そういえば、蒼生は、どうして陽葵とスーパーに買い物に行くのですか?」


「えっ? いや、えっと、それは……」


 俺は陽葵を見る。


「幼馴染としての付き合い……だよ! ねっ、蒼生?」


 陽葵が必死になって答えている。


「そっか。幼馴染との付き合いなら仕方ないですね」


「うん! 仕方ないことなの!」


『なるほど……』


 進野兄妹がニヤッとする。


「なんだよ、その笑みは?」


『いや、別に〜』


『…………』


 進野兄妹の反応に、俺と陽葵は黙るしかなかった。


 なにか勘違いされている気がするが……。


 ――すると、食堂の入り口から、誰かが入ってきた。


「あそこにいるのって、陽葵ちゃんじゃない?」


「ホントだ……しかも、隣にいる男子は誰だろう?」


「さあ……?」


 食堂にいた生徒たちがざわつく。


 俺が陽葵の隣にいるだけで、こんなにも注目されるんだな。


「ねえねえ、あの男の子って、陽葵ちゃんの彼氏なのかな?」


「うわっ……なんかショックだな。どこにでもいそうな顔なのに……」


「まあまあ、そう言わずに……案外、陽葵ちゃんの好みなのかもしれないし……」


「そうかな……?」


 生徒たちの声も聞こえてくる。


「おい、悠人。陽葵って、そんなに有名人なのか?」


「まあ、さっきも言った通り、ファンクラブもあるくらいだしな」


「マジか……」


「それに、この一糸学院で知らないほうが珍しいと思うぜ?」


「確かに。陽葵は一糸学院の理事長の娘だしな……」


 俺は、ため息をつく。


 ――俺は陽葵に釣り合わないのかな……?


「蒼生、どうしたの?」


「いや、なんでもないよ」


「そう?」


 陽葵は不思議そうな顔をしていた。


「とにかく、今は昼食を食べよう」


「うん!」


「おう、おう、おう、ずいぶん楽しそうじゃないか」


 突然、ガラの悪い声が聞こえてきた。


 振り返ると、そこには数人の男子生徒がいた。


 その中心にいるのが、髪を染めている少年だ。


「……誰だっけ?」


 陽葵は首を傾げる。


「おい、ふざけんじゃねぇぞ! オレが何者なのか知らねえのか!?」


「ごめんなさい……。知りません……」


「ちっ、まあいいや。どうせ、おまえは俺のものになるんだからな。なあ、一糸陽葵?」


「えっ……? あなたのもの……?」


「そうだ。俺のフィアンセにしてやる」


「…………」


 陽葵は沈黙した。


 そして――。


「――嫌です」


 きっぱりと断った。


「……は?」


「えっと……だから、あなたのフィアンセになんかなりたくないんですけど」


「ちょ、調子に乗るんじゃねぇぞ!」


「やめろ」


 俺は不良の少年の前に立ち塞がった。


「ああん? 邪魔すんなよ!」


「これ以上、陽葵に手を出してみろ。俺は、あなたを許さない」


「……ちっ、仕方ない。今日のところは見逃してやる。だが、いずれ必ず迎えに行くからな。覚悟しておけ!」


「お断りします」


 俺は毅然と答える。


 すると、少年は舌打ちをして、その場を去った。


「大丈夫だったか?」


 俺は陽葵に尋ねる。


「うん、大丈夫だよ。助けてくれてありがとう」


「気にしないでくれ。それより、あの男とは関わらないように気をつけないとな」


「うん、わかったよ」


「それと、困ったことがあったらいつでも相談してくれ。力になるからさ」


「うん、ありがと。頼りにしているよ」


「ああ、任せておいて」


 俺は笑顔で答えた。


「せっかくの昼休みだったのに、ごめんな」


「ううん、蒼生が謝ることじゃないから大丈夫だよ! わたしは……蒼生とお話できて楽しいから!」


「そっか。ならよかった。俺も陽葵と話すと楽しくて好きだな」


「えっ……」


 陽葵の顔が真っ赤になる。


「ど、どういう意味かな!?」


「えっ? ただ、俺は陽葵と会話するのが好きなだけだけど……」


「へぇ〜、そうなんだ〜」


 陽葵は、なぜか嬉しそうに笑っていた。


「あれ? どうかしたのか?」


「べっつにぃー」


 陽葵はニコニコしている。


「ところで蒼生。あの不良たち、どうしようか?」


「別に放っておいていいんじゃないか? また、絡んでくるなら生徒会長である琴葉さんに報告するだけだし……」


「それもそっか」


「それが一番だと思う」


「うん、そうするよ」


「はぁ〜……怖かった」


 悠人が、ため息をついた。


「どうかしたのか、悠人?」


「いや、どうしたも、こうしたも、おまえ、よく不良たちに立ち向かったなと思ってさ……」


「別に大したことはしていないよ」


「いやいや……十分、すごいことだって」


 悠人は呆れていた。


「でも、さすがです、蒼生」


「どうしたの、知世?」


「さっき、陽葵を助けてくれたときの蒼生は、かっこよかったですよ?」


 知世が微笑んで言う。


「いや……別に大したことはしていないんだけどな……。ただ、陽葵が危なかったから助けに入っただけで……」


「それでも、すごいと思います。私には、できないですから……」


「そうかな……?」


「はい!」


 知世は力強く答えた。


「あ、ありがとう……」


 俺は少し戸惑ったが、そんなことを思ってくれる進野兄妹に深く感謝したのだった。


 俺は少し戸惑ったが、そんなことを思ってくれる進野兄妹に深く感謝したのだった。


  *


 ――放課後。


 教室を出た俺は、校門の前で待っていた陽葵と一緒に、スーパーへと向かっていた。


「今日は、なにを作るんだ?」


「カレーを作ろうかなって」


「おっ、それは楽しみだな」


 夕暮れ時、空は当たり前のように赤黒く染まり、一日が終わろうとすることを示しているようだった。


 ――もし、陽葵が俺の近くにいなかったら……。


 一糸学院は天才も不良も共存している特殊な学校である。


 陽葵が不良に、また……いや、そんなことは、そんなことになってほしくない。


 だけど、どうしたら、いつでも陽葵を守ることができるのだろうか?


 俺には思いつける脳みそがなかった。


 そんな悩みを吹き飛ばすかのように、陽葵は俺に向かって――。


「ねえ、蒼生」


「どうしたんだ、陽葵?」


「わたしたち、付き合わない?」


 一日が終わりを告げようとしているのに、俺の中で、なにかが始まろうとしていた。

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