第6話 従姉妹と、親友の妹


  *


「不良の生徒……? ああ、なるほど……」


(そういえば、入学式と始業式のときに、それっぽい生徒がいたような……)


「ということは、一糸学院は、言ってしまえば、治安が悪いということか……?」


「そういうことになるな」


 進野は苦笑しながら言った。


「でも、治安が悪いのは、高等部だけだよ」


「なぜ?」


「だって、一糸学院の生徒は、ほとんどが有名どころの家の人間だからな」


「それが、どうして高等部だけ不良が入れるような学校になってしまったんだ?」


「実は理事長の方針らしいんだ」


「理事長の?」


「ああ、理事長である一糸桜芽いと・おうがさんが不良生徒を集めて、今まで在学していた生徒たちに、どう不良生徒を更生させるかミッションを与えているって話だ。これで不良生徒が更生されたら、社会にとっていい影響を与えた学校になるだよ」


「へぇ〜……むちゃくちゃだな」


「うん、むちゃくちゃだよな」


 俺と進野が同時にため息をつく。


「波乱の高校生活になりそう……」


 俺は思わずつぶやいた。


「まあ、がんばろうぜ」


 進野が肩をポンッと叩いてくる。


「ああ……てか、おまえもな」


 俺は、力なく返事をした。


  *


 俺が進野と話していたあとにクラスの生徒たちが教室に集まってきた。


 中には不良だと思われる生徒もいた。


 そして、担任の教師が教室に入ってくると、俺たちは、それぞれの席に着いた。


「えーっと、今日から、みんなは高校一年生として授業を受けてもらうことになったわけだが、くれぐれも問題を起こさないようにしてくれよ」


 先生は気怠げに言いながら教卓に手を置く。


 すると――。


「はぁ!?」


 いきなり、教室の中がざわめき始める。


 見ると、ひとりの男子生徒が声を上げていた。


「ちょっと待ってくれよ。どうして、俺らが問題を起こす前提で話をしてるんだ!?」


「ああ、ごめんね。この学校、そういう生徒が集まりやすいから、つい……」


「ふざけんな!!」


「おい、とりあえず、落ち着け」


 俺は立ち上がり、その男子を止めようとする。


「蒼生……」


 陽葵も心配そうな表情で見てくる。


「ちっ……」


 舌打ちをしながら、その男子は椅子に座る。


「悪いな、旗山」


「いえ……」


 俺は小さく頭を下げてから、自分の席に戻った。


(これから、大変そうだな……)


 俺は、大きなため息をついた。


 それから、朝のホームルームが終わると、進野が近づいてきた。


「なあ、さっきのことだけど……」


「わかっている」


「よかった〜」


「だけど、問題は起こすなよ?」


「もちろん。俺もそのつもりはないから」


「なら、安心だ」


 俺は微笑みかける。


「ああ」


 進野はニコッと笑う。


(進野とは仲良くなれそうだな)


 俺は心の中で思った。


  *


 休み時間になると、クラスメイトたちは、それぞれ仲の良い友達同士で集まり、雑談を始める。


 しかし、俺は、そんな気分になれなかった。


「はぁ……」


 俺は深いため息をつく。


「大丈夫?」


 陽葵が話しかけてきた。


「ああ……」


「なんか、元気ないけど……」


「いや、別に大したことじゃないから……」


「そう……」


「――旗山と陽葵さんって仲良いの? どういう関係?」


「うわ!? 進野!?」


 いつの間にか、進野が後ろに立っていた。


「どんな関係って言われても……」


 陽葵が困ったような顔をする。


「ただの幼馴染だよ……」


 俺は小声で答える。


「ふ〜ん……」


 進野はニヤリとした笑みを浮かべる。


「なんだよ……」


 俺はジト目を向ける。


「別に……」


「……?」


「それより、旗山はどこから来たんだ?」


 進野が話題を変える。


「県外だよ」


「ざっくりだな」


「まあな……」


(本当のことを言うわけにはいかないしな……)


「じゃあ、引っ越しとか?」


「まあ、そんな感じ……」


(本当は違うんだけどな……)


「へぇ〜。だったら、なんで、さっき、あんな質問したんだよ? 一糸家の――」


「ああっ、進野! 俺たち大事な用があるんだったな! 少し席を離れるか! なあ!」


「は?」


「ほら、行くぞ!」


 俺は強引に進野の手を引いて教室を出た。


「ちょっ、おい!」


「じゃっ、陽葵、またな!」


「えっ、あっ、うん……」


  *


 教室を出て、俺は、むりやり進野を屋上へ連れていった。


 残りの休み時間は、あまりないが、少しぐらいなら時間を作れるだろう。


「おっ、おい、いきなり何すんだよ?」


 進野が戸惑い気味に言う。


「おまえこそ、なにを言おうとしてたんだ?」


「ああ、それは……」


「頼むから、朝のときの質問は本人に言わないでくれ」


「えっ、でも、聞いたのは旗山だろ? なにか隠したいことでもあるのか?」


「実は、さ……俺、一糸家に住んでいるんだ」


「…………はい?」


「だから、一糸家に居候しているんだ」


「……マジで?」


「ああ」


「…………ぶっ!!」


 進野が吹き出した。


「あははははっ!! そうなのか! あはははっ!!」


 進野が腹を抱えて笑い出す。


「おまえ……もしかして、陽葵さんたちのことを聞いたの、陽葵さんに知られたくなかったのかよ」


「ああ、そうだけど……」


「あははっ!!」


「……そんなに笑うことかよ」


「いやぁ、ごめんごめん。まさか、旗山が一糸家の関係者だとは思わなかったからさ」


 進野が涙を拭いながら謝ってくる。


「別にいいよ。ただ、陽葵たちには、この話は内緒にしててくれ」


「わかった。てか、そもそも、俺が、その事情を知らなかったわけだから、まあ、言いそうになったことは許してくれ」


「ああ」


「それにしても、あの一糸家が旗山みたいな一般人を居候させるなんて意外だな」


「俺が居候することになった経緯は話せないけどな」


「まあ、事情はあるんだろうな……」


「……そんなに大した事情でもないけどな」


「そうなんだ」


「ああ。それで、陽葵のことなんだけど……」


「はいはい、わかってますよ。誰にも言わないよ」


「助かるよ」


「それにしても、陽葵さんは美人だよな……」


「ああ……は?」


「いや、だって、陽葵さんって一糸学院では有名な美少女だぜ? ファンクラブもあるくらいだし」


「そうなんだ……そりゃそうか」


 俺は思わず苦笑する。


「あれ? なんか嬉しくなさそうだな?」


「いや、嬉しいさ。ただ、ちょっと複雑なだけだよ」


「複雑?」


「なんでもないよ。とにかく、このことは秘密な」


「はいよ」


 進野がニヤッとしながら返事をする。


「なんだ、その意味深な笑みは……」


「別に〜」


「…………」


「そんな怖い顔するなって。俺は約束は守る男だ。安心しろ」


「なら、いいけどさ……」


 なんだか進野に弱みを握られた感じがして、俺は不安になった。


  *


 休み時間が終わると、俺たちは教室に戻った。


 そして、次の授業の準備をするわけだけど……。


「…………」


 陽葵が、こっちをやたら見てくる。――どうしたんだろう?


 やっぱり、俺が、さっき、あんな行動をしたらからだろうか?


 でも、あのことは言えないしなあ……。


 でも、気になって仕方がない。


 しかし、俺から話しかけるのも気が引ける。


(まあ、いいか……)


 俺は気にしないことにし、授業に集中することにした。


  *


 昼休みになると、生徒たちが一斉に食堂に向かう。


 俺たちも例外ではない。


「なあ、旗山。食堂いかね?」


 すると、進野が誘ってきた。


「ああ、いこか」


「ねえ、蒼生。わたしたちも一緒にいってもいい?」


「ん?」


 陽葵が俺に話しかけてきた。


 でも、今、なんて言った?


「わたし、たち?」


「はじめまして! 進野知世しんの・ともよです! よろしくお願いします!」


「しんの、ともよ……?」


「俺の妹だよ」


 進野……悠人が、そう言った。


「俺の大事な妹だ。手を出すなよ」


「えっ? 妹? でも、知世……さんって同じ学年だよね?」


「……俺たちは、年子なんだ……」


「年子って?」


「……それも、同じ年に生まれた兄妹なんだ」


 進野は、なんだか含みを持ったような言い方をした。


「とりあえず、食堂いかね?」


「ああ、そうだな……」


 いくつか疑問点は浮かぶけれど、とりあえず、おなかを満たしたい。

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