薄曇

 甲子園決勝戦。

 勝っても負けても終わり。

 そんな状況に嬉しさが込み上げていた。


 試合前に相手チームと向き合って整列する。

 ベンチメンバーも含めて並ぶため、俺もその一列にいる。


 相手チームは、ガタイが良いやつが目立つ。


 この舞台に辿り着くまでに、一生懸命にしたのだろう。

 この夏輝くために。


 相手と見比べると、うちのチームは小さいかもしれない。

 けど、負けてなんかいない。

 ずっと近くで見ていたんだ。


 同じ寮で生活をして、同じ釜の飯を食べ、同じ辛い練習に耐え抜いたんだ。


 あんなに辛い日々にも泣き言を言わないで、笑って励ましあって。

 そんなやつらだから、ここまで来れたんだ。


 終わるから嬉しいと思っていたのに、急に負けたくないと思い始めていた。

 終わり間際になって仲間の存在に気づくなんて、遅いな。

 チームメイトの事を嫉妬の目では無くて、素直に仲間として見れた。


「声出していこう!」


 俺にできるのは声を出すこと。


 そんな役割も、素直に受け入れることができた。


 ◇


 試合は得点が交互に入り、競った展開となっていた。

 ‌うちのチームがリードして、9回裏を迎えようとしていた。


 最後の守備を前にして、ベンチに集まりミーティングをする。

 ここまで連れてきてくれた仲間たちの顔にも、疲労が見える。

 強めの長打が来たら守り切れるだろうか。

 足はついてくるのだろうか。

 そう思っても、声をかけることくらいしかできない自分が悔しかった。


「最後の守り、センター交代だ」


 監督から俺が試合に出るように言い渡された。

 何の意図があるのだろう、こんな大事な場面で。


 チームメイトの顔を見ると、俺に期待を込めているのが分かった。

 ここにきて、チームメイトの事が見えてくるなんて。


 早く終わりたいと思っていた自分を殴ってやりたい。

 こんなにも良い仲間がいるのに。


 まだ、仲間たちと続けたい。


 俺はグラウンドへと飛び出し、自分のポジションへと走っていった。


 グラウンドの奥、真ん中で精一杯の声を上げる。


 仲間もそれに答えて、声を出すのが分かった。


 声は力だ。

 仲間たちを近くから応援してやる。

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