第25話「遠征に向けて」

 アルクシエラ辺境伯からの極秘依頼とはいえ、この仕事を俺とディオナだけで抱えておくのは少々荷が重すぎる。再び馬車に乗り込んで組合の前まで送ってもらった俺たちは、その足でリリたちの元へと駆け込んだ。

 組合としても、辺境伯が乗り込んできてまで極秘の依頼をするというのは前代未聞の出来事だ。俺たちが戻ると、リリとユリアが手を広げて出迎えてくれた。


「二人とも無事だったのね!」

「大丈夫ですか? 何かされていませんか?」

「お前らはエイリアル公のことを何だと思ってるんだ」


 呆れつつも、これが本来の平民の反応であると思い直す。彼女達にとって貴族とはその顔も見る機会がないほどに隔絶した存在であり、向こうから一方的に影響を与えてくる強権者だ。それに逆らうことはできず、また影響を受けずに暮らすこともできない。


「大丈夫! エイリアルさんは優しかったよ」

「そ、そうなんですか?」

「お菓子もいっぱい食べた! チョコレートが美味しかった!」

「はぁ……。なんか、ディオナちゃんは凄いわね」


 貴族の中でも特別位の高い人物に会ってきたというのに能天気に笑うディオナを、ユリアたちはきょとんとして眺める。ともあれ、そんな彼女の様子がいい感じに二人を落ち着けてくれたようで、俺はようやく本題に入ることができた。


「リリ、どこか聞き耳のないところはあるか?」

「賓客向けの応接間を取ってるわ」


 わざわざ館まで連れて行かれて極秘と釘を刺された用件を、衆人環視のなかで話すような愚を起こすわけにはいかない。リリもまた俺たちが馬車に乗せられた時点でこうなることを察していたようで、事前に防諜対策が施された特別な部屋を確保してくれていた。


「最初からエイリアル公もここで話してくれたら良かったんだが……」

「そういうの進言する前に出ていっちゃったからねぇ」


 今回ほどの大ごとではなくとも、組合には情報統制を要する特殊な依頼がそれなりに持ち込まれてくる。そのため、このような部屋も用意されているし、職員達も厳格な守秘義務を負っている。

 俺たちが通されたのは、まさしくエイリアルのような貴族を迎えるために用意された応接間だった。俺とディオナ、リリ、そしてユリアが入室して扉を閉じると、自動的に遮音の魔導具が起動する。同時にいくつもの盗聴防止結界も動き出し、外へ話が漏れ出る危険性がなくなった。

 ユリアが全ての対策が問題なく稼働しているのを確認して頷いたのを見て、俺はようやく緊張を解いた。


「ふぅ。やっと人に話せる」

「お疲れ様。さっさと吐いて楽になりなさい」


 適当な労いの言葉をかけてくるリリに苦笑しつつ、俺は姿勢を正す。そうして、エイリアルから持ち掛けられた大森林の調査依頼についての詳細を二人に話した。

 下手をすれば国境が変わるほどの案件だというのは二人にとっても予想外だったようで、彼女達は揃って瞠目していた。


「大森林での魔獣の暴走ねぇ」

「過去に何度かあったという話は、私も聞いたことはあるけど」


 なおもにわかには信じられないと怪訝な顔をするリリ。ハーフエルフのユリアが言う“過去”とは、おそらく数百年というスケールのものだ。彼女自身は“そこまで年寄りではない”と主張しているが、混血とはいえ妖精族の寿命とそれに伴う時間感覚は他の種族のそれを大きく逸脱している。


「仮にその調査隊の話が本当なら、組合の総力を結して対処することになるわね」

「その真偽を確かめるのが俺たちの仕事ってことだ」


 エイリアルからの依頼を共有し終えたことで、リリたちも極秘とされている理由を思い知った。リリなどは『聞かなきゃよかったわ』などと今更どうしようもないことをのたまう。


「ともかく、この仕事はかなり大事だ」

「その重要性はこちらもよく理解しました。組合としても支援は惜しみませんよ」

「そう言ってくれるとありがたい」


 打てば響くようにユリアからは頼もしい答えが返ってくる。大森林への遠征、それも魔獣の暴走の予兆がないか調べるという大掛かりなものとなると、必要な準備もこれまでとは大きく変わってくる。到底個人で賄えるものではないから、組合に助けてもらうのだ。


「日程は?」

「行き帰りに二日、調査に最長五日の一週間で考えてる」

「詳しい行動計画書を書いて提出して。探索隊はいつでも送れるように確保しておくから」


 リリの言葉の裏に潜む大森林の危険を感じ取る。行動計画書を提出させ、探索要員を確保しておくのは、俺とディオナが行動不能になる可能性を考えてのことだ。

 大森林も浅いところならば三級になりたての傭兵でも十分活動できる。生息する魔獣もさほど強くはなく、武芸の心得があれば心配はない。しかし、他の魔力濃度が高い地域の例に漏れず、内部へ踏み入ると途端に世界が変わる。油断した人間など一瞬で狩ることができるような大魔獣がひしめき合っているのだ。


「ディオナ、本当に大丈夫なのか?」


 オーガ族だとはいえ、ディオナはまだ若く経験も浅い傭兵だ。そんな彼女に大森林の奥地まで進む探索は荷が重いのではないかと思ってしまう。しかし彼女はいつもと変わらない無邪気な笑顔で、しっかりと頷いた。


「大丈夫! ワタシは慣れてるから!」


 そう言ってディオナは太く引き締まった腕を曲げる。隆起したこぶは、すでに俺の敵わないような力を秘めている。今はテクニックでなんとか師匠の体裁を保っているが、彼女は知識も貪欲に吸い上げている。遠からず、独り立ちする時が来るのだろう。


「そうか……」


 すっかり頼もしくなったディオナの姿を改めて目に納める。そうして、大森林遠征に向けての覚悟を決めた。

 この遠征では、ディオナに今までよりもさらに多くのことを教えられるだろう。魔獣との戦い方だけでなく、傭兵としての生き方の全てを叩きこめる。いや、知っておかなければあの森の中で夜を明かすことはできない。


「よし、じゃあ。まずはユガのところで義手の様子を見てもらうか」

「うん!」


 元気よく返事するディオナと共に、遮音の魔法が掛けられた応接室を出る。そしてその足で、ユガの工房へと向かうのだった。

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