第20話「並んだ二人、追いたい背中」

「そうか。嬢ちゃんもついに三級か」


 見事にアーマーベアの討伐を果たしたその日。組合で熱烈な賞賛の拍手を浴びたディオナは、上機嫌でユガの工房を訪れていた。硬い外骨格を持つアーマーベアをしこたま殴った義手の拳のメンテナンスをするためだ。ついでに、俺も槍の調子を見てもらう。

 ディオナが急成長したおかげでユガは何度も戦闘義手を作り直しており、その構造も隅々まで熟知している。今では踏み台を使わなければ作業が行えないほどの体格差になっているが、それでもディオナにとってユガは唯一無二の専属職人だった。


「やっとアランと一緒になれたんだ。これからはもっとアランと一緒に働ける」


 義手を作業台の上に置いたまま、ディオナは上機嫌で言う。よほど三級に上がれたことが嬉しいのか、アーマーベアを倒した後からずっとこの調子だ。


「俺としては、もっと上までいって欲しいんだけどな」


 傭兵の階級は、五級が駆け出し、四級で見習い、三級で中堅、二級で一流、一級まで行けば超一流と言われている。アルクシエラの組合に所属している傭兵の中に一級は三人だけ。二級も五十人に満たないという噂だ。実際のところは組合が公表していないから知らないが。

 一級の更に上として特級なんて階級もあるらしいが、真偽は誰も知らない。ほとんど神話かホラ話みたいなものだ。超一流と言われる一級を通り越すとなれば、それはもう化け物みたいなもんだろう。

 そもそも、その活動が個人によって大きく変わる傭兵稼業で等級というのは大まかな目安でしかない。ドラゴンを倒せる一級傭兵でも、希少な薬草を持ち帰ることはできないというのは良く言われる話だ。

 それでも二級や一級ともなれば傭兵たちの中でも一目置かれる存在になる。こいつにやってもらいたいと指名の依頼が飛んでくることもあるし、もはや金で困ることはないだろう。ディオナにはぜひそこまで成長してもらいたいし、彼女にはそうなるだけの能力があると俺は思っていた。


「ぜひ二級になってくれよ。そうしたらどこへだって行けるだろ」

「えっ?」


 俺の言葉に、ディオナは不思議そうな顔で目を瞬かせる。こちらが何か変なことを言ったのかと思って少し悩むが、間違いない。そもそも、ディオナが傭兵になったのは、彼女が学校に通えるだけの金を稼ぐためなのだから。二級傭兵になれば、入学金も授業料も余裕で稼げるはずだ。

 ディオナも数秒経ってようやくそのことを思い出したのか、『ああっ』と大きな声をあげる。


「なんだい。お嬢ちゃんはどっかに行くのか?」


 ディオナの本来の目的を知らないユガが、首を傾げて俺たちを交互に見やる。彼にもこの半年ずいぶんと助けられたわけだし、別に今更隠し立てするようなことでもない。そう考えて俺が口を開こうとすると、突然ディオナが大きな声を上げた。


「あーーっ!」

「うぉわっ!? どうしたんだ突然!」


 驚いて踏み台から転げ落ちそうになるユガを慌てて支える。ディオナは金魚のように口をパクパクと動かし、何でもないと俯いた。


「ま、まだワタシは三級になったばかりだから。アランぐらい経験豊富なわけじゃないし……」

「そりゃお前、俺と一緒に傭兵やってるんだから常に俺の方が歴は長くなるだろうが」


 元々差があるのだから、一緒に行動していればその差が縮まることはない。しかし、ディオナが言いたいのはそういうことではないらしい。


「とにかく! ワタシはまだ教えてもらいたいことがたくさんある! 竜種討伐者資格も取りたいし、特薬取はまだ二級だし、それに、それに……」

「資格だってほとんど俺と同じくらい取ってるだろ。なんなら、そういうのは組合の講習受けた方が――」

「うがああああっ!」


 要領を得ないディオナに応えていると、突然彼女が叫びだす。突拍子もない行動に驚いていると、彼女は義手を放り投げて工房の外へと飛び出してしまった。

 残されたのは状況が理解できない俺と、なにやら呆れ顔のユガだけ。途方に暮れていると、偏屈なドワーフの職人が『お前マジかよ』と言わんばかりの目をこちらに向けてきた。


「もう半年も一緒にいるくせに、嬢ちゃんのことを何にも分かってねぇのか?」

「ええ? そう言われても、他にオーガの知り合いなんていないしな」

「バカ野郎がよ」

「なんで罵倒されるんだよ」


 深いため息をつくユガ。何も分からないまま途方に暮れていると、彼は仕方なさそうに口を開いた。


「背も高くなって立派な傭兵になったもんだが、嬢ちゃんはまだ16だろ。人間族にしたってまだ小娘だ」

「それはそうかも知れんんが……」


 そうは言っても、精神的な成熟度なんてものは種族によって大きく変わる。ドワーフや獣人族は割と早熟らしいし、エルフなんかは数十歳でもまだ子供だという。オーガ族の16歳がどの程度のものかは分からないが、少なくとも里から送り出される程度の年齢ではあるのだ。


「あの子にとって、お前は初めて優しくしてくれた他人ってやつなんだろ。半年間見てきたから断言できるが、お前は立派にあの子を育ててるよ」

「そ、そうか?」


 ユガはあまりはっきりと人を褒めることがない。それだけに、真っ直ぐにこちらを見て言われると照れ臭い。


「少なくとも、この半年間築き上げてきた関係は、そう簡単に切り離せるようなもんじゃねぇ。それなのに、さっさと出ていけと急かすようなことを言うのは、ちょいと酷だろ」

「そんなつもりは……」

「お前には無くとも、嬢ちゃんがどう受け取るかだよ」


 そう言われてしまえば、もう何も言い返せない。自分の倍以上の人生を歩んできている老鍛治師の言葉は、ストレートに胸へ突き刺さる。


「三級傭兵になったら、四級とはかなり仕事も変わってくるんだろ? それに嬢ちゃんは半年で三級まで登り詰めた新進気鋭のルーキーだ。羨ましがられる程度なら可愛いもんだが、中には良く思わねぇ奴もいるはずだ」


 彼の言う通り、半年で三級というのは異例の昇格だ。全てはディオナが熱心に勉強し、実践し、着実に実績を積み重ねていったからではあるが、外から見てそれを素直に賞賛できる者ばかりではない。傭兵になりつつも、様々な事情でなかなか昇級できないまま燻っている奴など、掃いて捨てるほどいるのだから。


「お前は万年三級なんだ。人のあしらい方もよく分かってる」

「悪かったな、万年三級で」

「褒めてるんだぜ、俺は」


 ガハハ、と笑うユガ。その真偽は疑わしいが、追及はしないでおく。

 まあ、三級が一つの壁と言われるのも事実だ。才能や適正のないものはなかなか三級に上がれず四級で足踏みしているものだし、三級に上がれる実力があれば割合すぐに二級まで行ってしまう。そんな中、十年以上も三級に甘んじている俺は、貶されてもしかたがない。

 この町に二級以上の傭兵が少ないのは、それだけの実力があればもっと大きな町でも暮らしていけるからだ。


「三級からはちらほら指名依頼も入ってくるって言ってたろ。そういう時の仕事の仕方も教えてやるべきだろ」

「それはそうかもしれないけどな」

「なんにせよ、嬢ちゃんにとってお前はまだ先を行く師匠なんだよ。師匠なら師匠らしく、可愛い弟子を導いてやりな」


 己のことを師匠だと本気で思ったことはない。それほどの実力や実績があるとは考えていないからだ。しかし、自分の認識と外から見た姿には関係がない。ユガにそう言われてしまえば、俺は頷くほかなかった。


「槍と義手は仕上げておいてやるよ。お前はさっさと追いかけな」

「……ありがとう、ユガ」


 俺は立ち上がり、工房の外へと駆け出す。ユガは『まったく世話が焼けるぜ』と不敵に笑い、見送ってくれた。

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