第15話「鬼に金棒」

「てやぁあああっ!」

「いいぞ、そのまま振り下ろせっ!」


 ディオナの勇ましい雄叫びと共に、鈍い打撃音が森に響く。獣が甲高い断末魔をあげて、骨を砕かれながら土に沈んだ。


「やった! アラン、倒したぞ!」

「よしよし、やったな」


 義手を振り上げて喜ぶディオナの元に駆け寄り、彼女の足元に転がっている魔獣の様子を確認する。ウサギに似てはいるが、その体格はざっと三倍ほどもある大きな獣だ。鋭い爪と牙を持ち、強靭な脚力で人にも襲いかかる獰猛な肉食獣である。だが、俺に追い立てられて茂みから飛び出してきたこいつは、自慢の武器を使うこともなくディオナに殴り殺された。

 魔獣レッドバニーを見事に打ち倒したディオナは、自慢げに棍棒を地面に立てる。丸太の皮を剥ぎ、ナイフで軽く形を整えただけの粗野にもほどがあるといった品だが、真新しい木の表面には生々しい血痕がこびりついていた。

 ディオナの得意な武器、それは、重量そのものを攻撃力へと転嫁する最も原始的でシンプルな棍棒という武器だった。


「鬼に金棒とは、まさにこのことだな」

「オニ?」


 予定になかった狩りで結果を残し、上機嫌なディオナを見て思わずこぼす。彼女は不思議そうな顔をして首を傾げた。


「異国に伝わる格言だよ。強い奴が強い武器持ったら強いって意味だ」

「なるほど。ワタシ、つよい!」


 適当に噛み砕いて説明すると、彼女はその言葉を気に入ったのか何度も口ずさむ。楽しそうにしているディオナを傍目に、俺はレッドバニーの検分を始めた。


「一撃で首の骨を折ってるな。流石だ」


 噛みつかれれば鎧で武装した傭兵であっても危険な相手だが、牙が届く間合いに入るよりも早く殴り倒されたらしい。生物の急所を狙った的確な一撃は、いっそ惚れ惚れしてしまう。刃物で切った訳ではないから体がほとんど傷付いていないのも理想的だ。

 そもそもレッドバニーの討伐は俺が引き受けた三級傭兵向けの依頼だ。本来なら五級のディオナを参加させるようなものではないのだが、本人の強い希望でこの作戦を立ち上げた。結果、こうして楽に倒せたわけで、彼女の戦闘能力には感謝しなければならない。

 流石、獰猛な魔獣が闊歩しているような魔境に住んでいただけのことはある。もし彼女に両腕があって万全の状態ならどうなっていたのか、少し恐ろしいくらいだ。


「しかし、そんなに強いのになんで商人なんかに捕まったんだ?」

「うっ」


 思わず気になっていたことを聞いてみると、ディオナは顔をしかめる。思い出したくないことを思い出させてしまったようで慌てて謝ると、彼女は大丈夫と首を振る。


「……最初は親切な人だった。お腹が空いてて困ってると、ごちそうしてくれて」

「ああ、そういうことか」


 あまりにも警戒心がなさすぎる。見ず知らずの若い女に無償で食事を奢るような奴が、ただのお人好しであると考えるのは明らかに無理筋だ。

 結局、その料理に薬でも入っていたのか気を失い、目が覚めた時には奴隷の証である刻印が背中に刻まれていたという。

 典型的すぎて、まだそんな手法が通用するのかと感心してしまうような話だ。


「ディオナ、知らない奴に会った時は警戒しとくんだぞ」

「わかった」


 流石の彼女も身に堪えたのかこくりと頷く。それでも少し心配で、俺はできるだけ彼女から離れないでおこうと心に留める。


「まあ、ディオナの実力は三級相当ってことが分かったんだ。もう奴隷でもない。このまま実績を積んでいけば、悪徳商人だっておいそれと手が出せなくなるだろ」


 傭兵、特に腕利きの優秀な者は組合が全力で保護する。ディオナを奴隷に落とした奴が彼女の無事を知ったところで、手を出そうとすれば相応の報復が待っているはずだ。国家というしがらみすら越えて全国的に展開する傭兵組合の力は絶大だ。それに真正面から楯突こうとする愚か者などそうそう居ない。

 そもそも、ディオナが傭兵として生きるなかで様々なことを学べば、悪人に足元を掬われるようなこともなくなる。彼女が一人でも生きていけるように知識を授けるのが、俺の役目だ。


「よし、もう三匹くらい狩って、薪も少し集めたら帰るぞ」

「分かった! まかせて!」


 仕留めたレッドバニーの状態は上々だ。これなら組合も高く買い取ってくれるだろう。依頼されていたぶんを集めたら、薪も依頼達成に十分な量だけ集めて早めに町に戻りたい。


「今日の夕飯はちょっと豪勢にいくか」

「いいの? じゃあ、肉が食いたい!」

「いつも通りじゃねぇか。……ま、祝賀会ってことで、なんでも好きなもん買ってやるよ」


 今日はディオナの新しい門出の日だ。これを祝ってやらないわけにもいかないだろう。

 そういうと彼女は無邪気に飛び跳ねて喜ぶ。次々と思いつくだけの肉料理を挙げていく彼女に少しは抑えてくれと頼みつつ、俺は槍を担いで森の奥へと入っていった。

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