第3話「三級傭兵」

 翌朝、目を覚ますと胸元に白い髪が見えた。驚いて意識を覚醒させると、昨日連れ込んだオーガの少女であることを思い出す。ディオナは俺の胸元に寄りかかって、スゥスゥと穏やかな寝息を立てている。


「ベッドに寝かしたはずなんだがな……」


 首を捻りながら、ディオナをベッドに戻す。窓の外を見てみると、もう朝だ。少し寝過ぎたらしい。

 革の防具を装備して、槍を背負う。ベッドで深く眠っているディオナを置いて、部屋を出る。向かう先は傭兵組合だ。

 傭兵組合、もしくは単に組合とだけ呼ばれる組織は、食い扶持に困った荒くれ共の漂着地だ。己の身体を商品にして、日々舞い込んでくる様々な依頼を解決することで金を得る。家の事情で行き場を失った俺もまた、十年ほど前に組合の戸を叩いた。


「いらっしゃい、アラン」

「良い依頼はあるかい?」


 立派な煉瓦造りの建物に入り、カウンターに立つ若い女に話しかける。付き合いの長い猫獣人の受付嬢で、名前はリリと言う。膨大な依頼と傭兵の能力を照らし合わせ、適したものを紹介するのは受付嬢の重要な仕事だった。


「三級相当の依頼は粗方片付けられてるわよ」


 耳を揺らす受付嬢の言葉に肩を落とす。やはり少し寝過ごしたらしい。


「二級相当でもいい。割のいいやつを見繕ってくれないか?」

「二級って、無理しても良くないわよ?」

「金が入り用でね」


 リリは珍しいものを見るような顔をして、それでも言われた通り分厚い書類の束を捲り始める。

 傭兵組合も力不足と分かる傭兵にできない依頼を紹介するつもりはない。過去の功績や組合が定めた資格などを鑑みて、成功率の高い依頼を適切な傭兵に紹介するシステムが確立されている。

 俺は中堅ど真ん中の三級傭兵だが、時間が余っているのを良いことに細々と各種資格を取得している。その甲斐あって、冴えない中年に片足を突っ込んでいても、なんとか食い扶持を稼ぐくらいには傭兵を続けられている。


「アランって器用なのにどれもぱっとしないのよね。竜種討伐者資格は?」

「この辺なら三級で十分だろ」

「特定薬効植物取扱者も二級でしょ? 一級にしとけばもっと稼げるでしょうに」

「一級は勉強しないと取れないし、そもそも薬師の下で一ヶ月の研修が必要だろ。そんなことやってる暇も金もねぇよ」


 リリの文句をのらりくらりと躱しつつ、依頼が出揃うのを待つ。

 組合は魔獣の討伐から薬草の採集まで多岐に渡る依頼を受け付けて、それぞれ適した能力を持つ傭兵に分配する。その際の判断基準になるのが組合独自の資格制度なのだが、上級になってくると稼ぎも良くなる代わりに取得の手間も桁違いに上がる。

 面倒くさがって資格受験すらしない傭兵も多いなか、男一人を養うならこれくらいのものでも十分なのだ。

 とはいえ、今後は金が継続的に必要なのも確かだ。ディオナを医者に見せる必要があるし、彼女を傭兵にするなら初期費用も色々嵩んでくる。そう考えると、少し回り道してでも金を稼ぐ体勢を整えたほうがいいのかも知れない。


「……資格案内も見せてくれ」

「あら? 心変わりが早いわね」


 関心関心、とカウンターの向こうからパンフレットが渡される。受験費用は合否にかかわらず稼ぎになるし、上級資格保持者が増えれば依頼も円滑に回るので、組合としてはぜひ受けてくれと言ったところだろう。

 久しぶりにパンフレットを見てみると、知らない資格もいくつか新設されている。分野を狭めて専門性を高めているらしい。このフィールドワーカー資格なんて、すぐに取れそうだ。


「ほら、いくつか揃えたわよ」


 資格情報を流し見ていると、リリが仕事を終える。今の俺の実力でこなせそうな依頼の記載された文書が五枚ほどカウンターに並んでいる。俺はそれらの条件と報酬を注意深く確認して、五枚まとめて掴み取る。


「全部受ける」

「本当にお金が必要なのね……。ギャンブルするタチだっけ?」

「そういう訳じゃないんだがな。ちょっと厄介ごとを抱えたんだ」


 わざわざ割引の奴隷を買って、その日に解放した挙句家に上げている、という所まで話す必要はない。しかしぼやかし方が悪かったのか、リリは何やら意味深調に微笑み、うんうんと頷いた。


「ま、死なずに依頼が終われば、組合こっちも問題無いから。いつも通り堅実な仕事をして頂戴」

「期待しないで待っててくれよ」


 定型の言葉を交わし、組合を出る。

 十年も傭兵を続けられる者は存外に少ない。大抵は最初の二、三年で死ぬし、その後もちょいちょい死んでいく。欲を掻いて死ぬし、油断して死ぬし、あっけなく死ぬ。そんな中で十年も傭兵稼業を続けていれば、たとえ三級どまりの中堅でも信頼はある。だから、多少寝坊してもそれなりの依頼が残っているのだ。

 今日もいつも通り、町の側にある森に向かう。そこでキノコやら薬草やらを採集して、ついでにちょっとした魔獣を倒す。きっちり捌いて肝を持ち帰れば、仕事は終わりだ。

 緊張しすぎない程度に緊張を保ち、町の外に出る。帰ってくるのは、夕暮れだ。



 森での仕事をこなし、町に戻る。組合の戸を潜ると、カウンターで書類整理をしていたリリが顔をあげ、ぴくんと耳を揺らした。


「おかえりなさい! 怪我はなさそうね」

「なんとかな」


 俺の体を見渡して、傷がないのを確認したリリは安心したようにヒゲを下げる。毎回のことで相変わらず大袈裟だと思うが、時には腕を無くして帰ってくる者もいるのだから、ここで待ち続ける受付嬢という仕事も大変なのだろう。

 俺はカウンターに、森で集めた薬草や魔獣の牙などが入った袋を載せる。リリがその中身を検分し、品質と数に間違いがないことを認めると、多少の金と引き換える。


「はい。今日もお疲れ様」

「どうも」

「ちょっとは貯金しなさいよ。あんたらはいっつも後先考えないその日暮らしなんだから」

「多少はしてるさ。多少はな」


 あまり納得していない様子のリリに別れを告げて、組合を後にする。オレンジ色の陽光が通りを染め上げるなか、防壁の外の畑で作業を終えた農民たちが戻ってきている。彼らを待ち構えて開店の準備を始める露店商たちの声を聞き流しながら、俺は工房の集まる職人街へと足を向けた。

 いくつもの煙突が連なり、先から白と黒の煙を吐き出している大きな工房の群れ。あちこちから昼夜を問わず鉄を叩くけたたましい音が響く通りに入ると、巨人族やドワーフ族の姿が多くなる。自分よりも遥かに大きな種族と、逆に俺の腰ほどの背丈しかない種族が一緒になって何かの作業に没頭している様子はいつ見ても奇妙なものだ。

 俺は稼いだばかりでずっしりと重たい財布をしっかりと握りしめて、大工房の隙間に隠れるようにして建つ小さな工房を訪れた。


「ユガ、いるかい?」

「お? おお! アランじゃねぇか! 久しぶりだな」


 小さな穴倉のような工房で、煤だらけの人影が動く。振り返ってガラスの防護眼鏡を持ち上げたのは、ヒゲ面のドワーフだった。

 背丈は俺の腰ほどだが、体はずんぐりとしていて四肢は幹のように太い。持っているハンマーも竜骨と紅鋼で拵えた特別製で、俺なんかでは両手を使っても持ち上げられない代物だ。


「なんだ、槍のメンテナンスか?」

「それもしてもらいたいけどな。今日の本題はそっちじゃない」


 分厚い耐火服の煤を落としながら、ユガがやってくる。彼は俺の背中にある槍を作った鍛治師だ。ドワーフ族の例に漏れず金属の扱いが上手く、手先も器用だ。それ故、大工房に所属せずとも自分の腕だけで暮らしていける。

 彼の用意した人間族には若干小さすぎる椅子に腰を下ろし、財布をテーブルに置く。


「実は、ちょっと義手を作ってもらいたい」

「義手だぁ?」


 単刀直入に注文を告げると、ユガは目を丸くして俺の腕を見る。二本とも健在なのを認めると、彼はより困惑を深めて俺を見た。


「俺のもんじゃない。実は、片腕しかないオーガを拾ってね。ゆくゆくは傭兵として育てたいと思ってる」

「また変なことになってんな。何をどうしたらそんな厄介事を抱え込むんだ?」

「成り行きってやつだよ」


 ここでもディオナを拾った理由は話さない。話したところで、理解されることもないだろう。ともかく、彼にとって重要なのは俺が相応の代金を支払えるかどうかという点だけだ。


「義手は注文受けてほいと作れるもんでもねぇ。その片腕のオーガを連れてきてもらわんと、なんともできねぇぞ」

「そういうもんなのか?」


 ユガは渋い顔をして、当たり前だろと一蹴する。


「己の腕を作るんだ。体の寸法をしっかり測って、ぴったり合うように調整せにゃならん。そもそも、腕はどの辺から切れてるんだ? それにもよるぞ」

「なかなか難しいな」


 更にユガは語る。曰く、義手を作ってもそれに習熟するには時間が必要で、更には練習用の義手と実際に生活のなかで使う義手はまた別物なのだという。


「鍛治師の癖によく知ってるな」

「山で暮らしてれば、腕のねぇ奴は岩より多いからな」


 ユガたちドワーフは山の種族だ。落石や滑落などで、四肢を損傷する者は多いのだろう。それゆえ、ドワーフ族には義手や義足の技術もしっかりと蓄積されている。


「それじゃあ、明日にでも連れてくるよ」

「そうしな。――今日はずいぶん稼いだみてぇだな」


 俺の槍を一瞥し、ユガが言う。一目で穂先の刃が摩耗しているのを見抜いたらしい。これでも一応手入れはしてから帰ってきたのだが、流石はドワーフと感嘆するしかない。


「色々と入り用でな。これから医者にも診せに行く」

「本当に厄介なもんを抱えてるな」


 ユガは呆れながら槍の刃を整え、新品同様にしてくれる。彼は腕もいいし代金を吊り上げるようなこともしない。傭兵稼業を始めてからずっと武器は彼に預けているから、考えるとかなり長い付き合いだ。

 槍を受け取り、工房を出る。明日の昼頃にディオナを連れて来る旨を伝えると、彼も準備して待っていると約束してくれた。


「さて、帰るか」


 日没の迫る街の中、足早に自宅へ向かう。その途中で夕食を適当に買い、それを持って、ボロアパートの階段を登る。そうして、ドアの鍵を開けて中へ入ろうとした、その時だった。


「アラン!」

「うおわっ!?」


 開けたドアの隙間から、白い影が勢いよく飛び出してくる。それは両手の塞がった俺の胸に勢いよく激突し、あわや諸共階段を転げ落ちるところだった。


「ディオナ!? どうしたんだ」


 部屋から飛び出してきたのは、片腕のオーガ族の少女だった。ディオナは泣き腫らした真っ赤な目をこちらに向けて、怒りと不安に燃え上がる。


「どこに行ってたんだ! ワタシ、捨てられたかと……!」

「どこって、仕事だよ。金を稼がねぇと飯も食えないだろ」


 露店で買った具沢山のスープと、焼きたてのパンを見せる。今日は豪勢にハムも大きいのを揃えたのだ。けれど、彼女は喜ぶどころか、じわりと目を潤ませて、大粒の涙を頬に伝わせた。


「お、おい。なんで泣いてるんだ?」

「……目が醒めたら、アランが居なくなってたから……」


 それを聞いてはっとする。昨日、彼女は泣き疲れて眠った後一度も目を覚ましていない。俺は彼女が穏やかに眠っているのを見て、起こさないように部屋を出た。彼女からしてみれば、いつの間にか寝入ってしまっていて、目が醒めたら誰もいない部屋に一人取り残されていたことになる。


「すまん。そこまで考えが回らなかった」

「ぐすっ……」


 彼女の心境を思い、謝罪する。ディオナは俺の胸に顔を押し付け、ズビズビと鼻を鳴らした。その白い髪を撫でて、気を落ち着かせる。

 夕食を持って二人で部屋に戻り、一緒に食べる。


「はぐっ、もぐっ」

「ちょっと泣いたかと思ったら、よく食べるな」

「朝から何も食べてないんだ。もぐっ」


 彼女は短時間ですっかり元気を取り戻し、気持ちいいくらいの食べっぷりで次々と夕食を飲み込んでいく。昨日と比べて、肌や顔の血色も良くなっている。オーガ族は生命力が強いというが、満足に与えられていなかったであろう食事を取っただけで、ずいぶんと変わるものだ。

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