第6話 戦士は脅して示させる

 首筋に刃。


 後ろには縛られた手。


 目の前には4人の殺人犯。



 どう考えても、絶望的な状況。

 普通なら狂っていると思うだろう。



 けれども俺は、この瞬間を待っていた。






 これで、俺は殺されないっ!!








 ……俺は今、完全に拘束されている。

 勇者たちが何をしても、抵抗できないだろう。


 ここで考えて欲しい。


 元々彼らが俺を倒そうとするのは、俺に戦意があるか、俺が魔王だからである。


 逆に考えると、原因を二つとも取り除くことができれば、きっと俺を殺そうとはしない。

 ならば俺は「無抵抗」と、「真の魔王」の存在を提示することで、危機を逃れられる。


 更には俺を、殺してしまうとデメリットが発生する奴にしてしまえば完璧だ。


 「真の魔王の居場所」


 そのカードを使うことで、俺は奴らが簡単に手を出せない状況を作り上げたのだ。




「……よしッ!!取り敢えず、コイツを縛り上げた!!次は、どうするッ!?」


 勇者は大きな声をあげ、手に持っていたロープの先端部を引っ張りあげた。

 当然、俺は引かれて立ち上がるしかない。

 それでもこのザコの演技から気を抜かず、ニヤニヤと笑みを浮かべ続ける。


「……何か、ソイツさっきより気持ち悪くなってない?」


 金髪ちゃんが少し引いている。

 まあ、さっきはぼうっとしていたからな。

 少しの違和感はしょうがないだろう。だが、これ以上感じさせてはならない。


 彼女が続けて喋る。


「そう言えばソイツが誰なのか、キチンと聞いてなかったわね」


「ああ、そう言えばそうだな……貴様!!何者だッ!」


 勇者が俺に向かって命令する。


「……俺が何者か?……ゲヒヒ、まぁ良い。教えてやろう。俺は……」


 俺が何者かなんて、俺自身が知りたい。

 けれど、ここは考えていた設定を言うべきだろう。

 俺に何があったかを知るために、俺は自分の正体を偽る。


「俺は……魔王様の忠実なる部下!! そしてこの最重要であるl部屋の管理を任された、大幹部なのだ!!」


「……この部屋の管理、って何よそれ?」


 金髪ちゃんの質問。


「ゲヒヒ、簡単な話さ。床のゴミ履きに、壁や柱の手入れ。更には、3日に一回の天井掃除!! この部屋の清潔さと芸術性を常に保ち続けるという、重要な任務のことだよっ!!」


「それ、ただ掃除係じゃないの」


「ゲヒッ!?」


 なんと言う、サラリとしたツッコミ!!

 しょうがないだろうが!!

 こんなザコがどうしてココにいるかなんて、思いつかなかったんだもん!!

 必死に考え付いたのが、雑用係なんだもん!!


 とまあ冗談はさておき、金髪ちゃんは敵意をといてくれたらしい。

 弓を静かに下げ、溜め息をついている。


「でもまあ、納得出来るわよね。というか納得するしかないわ。

 まさか魔王が掃除当番をするなんて思わないし。

 むしろ雑用の振りして命乞いなんて、仮にも王である人がやることじゃないわ。

 幾ら魔王と言えどプライドもあるだろうし、部下に聞かれたら信用もガタ落ちよ」


 彼女は自らを納得させるように口を動かす。

 その見当はずれな理解が、実に喜ばしい。


「ええ、私は良いわよ。取り敢えず、貴方の言ってることは信じて上げる。


 ……ただし、魔王の居場所を知っているかは別としてね」


 やはり、少し話した程度では疑いを晴らしきれないか。

 だが順調だ。少しずつ誘導すれば良い。

 俺は彼女の言葉に対し、考えていた台詞で反論する。


「ゲヒヒ……まだ疑っているのか、この小娘は。

 俺がココでお前らを、下らない罠に懸けるとでも思っているのか?

 それも良いかもしれないが、俺は魔王様に言われた通りの事しか喋っていない。

 むしろ、お前らに捕らえられている俺が嘘を吐く余裕があると、そう思っているのかよ?」


「……貴方の言葉には、いろいろと不可解な部分がある」


 不意にメガネくんが喋りだす。


「……そうだな、一応は拷問に……おっと間違った、正直に話してくれるくらい仲良くなる必要があるな」



 拷問!?

 誤魔化した風に話したけど、拷問!?


 それは最も危険だ。


 一つ、俺の疑いがばれる可能性がある。


 一つ、俺が本当のことを話しても信じてくれない可能性がある。




 ……つまり、エンドレスな痛み。





 恐らく、それは普通に殺されるよりキツいだろう。

 いや、キツいなんてもんじゃないだろう。想像しなくても分かる。

 そして、奴らは俺を殺す寸前まで追い詰め、殺さないはずだ。



 「死」だけを恐れていた俺にとって、未知なる脅威であった。


 死ねば、痛みを感じない。だが、殺さない。ならば、逃げられない。


 もしかして、爪を剥いだりするのだろうか。

 いや拷問ってのはそれだけじゃない、道具を使えば苦痛を幾らでも増やせる。


 指を順番に折っていき、皮をむいていき、切断していくなんてのをネットで見た覚えがある。

 昨日までは他人事だったのに、今はその地獄が近づいてくる。

 そう思うと冷や汗が止まらない。

 必死に、小物の演技をして助けを乞う。



「ご、拷問っ!? そ、それだけは、勘弁をっ!! せめて、楽に殺すかしてくれっ!! 何でも話すからさっ!! 証拠を見せろってんなら、見せるからさ!!」



 取り乱してしまい、ほぼ素の反応になってしまう。

 すると俺の言葉に勇者が反応した。




「……証拠だと? お前は魔王の居場所を証拠で見せられるのかッ!?」




 ……証拠?


 ………ハッ!!


 ああしまった、クソッ!!勢いで余計な事を言ってしまった!!

 証拠、証拠……何かないか!?


 が、残念ながらそんなもの知らない。


 いっそのこと虹色ちゃんが魔王だとでも言ってみようか。

 彼女が秘密を抱えていることは間違いない。

 だが、俺にはそれが何なのか、知る術がない。

 どうする?何か、アイデアよっ!!



「……さっきから賢者の方ばかり見ているが、一体何があるのだ!!」


 勇者の台詞に思わず、ドキッとする。

 しまった、つい彼女を意識過ぎてしまった!!






 と、勇者は賢者の方を見て、ニヤリと笑った。






「成る程、アレが証拠かッ!!」





「……へ?」




 何言ってんだ?

 そう思い、俺ももう一度虹色ちゃんの方を見る。

 彼女も、周囲を見渡している。


 そして、彼女と同時に気付いた。


 虹色ちゃんの後ろ、勇者の目線から考えて、部屋の隅。

 そこの床には、





 黒い模様があった。





 正確に言うと、中心から放射状にして、曲線と直線の混ざり合っている模様があった。

 

 線と線との間には、文字のようなものがびっしり書かれている。


 サイズは直径1メートルほど。


 これは、多分。


 俺も知っている。


 俺は、この模様と似たものを、何回も見たことがある。





「……魔法陣……」




 ……それは、床にしっかりと刻まれていた。






 俺は新しい証拠を手に入れるために、外へ出ようとした。

 けど、なんてことない。

 今まで勇者らに気をとられすぎて、周囲のことをサッパリ理解してなかっただけだった。




 部屋から出なくても、新しい発見をすることができるじゃないか。





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