第29話 そういえば人質でした

 オルランドはロープをとりだすと、しっかりと台所の鴨居に縛り付けた。

 その強度を確かめると、気を失っている男たちの手にロープの先を巻きつける。

 息の根を止めてしまわないように、慎重に作業をすすめた。


 生かしておけば、頼まなくても死神の噂をばらまいてくれる。

 ようは半殺しがちょうどいいのだ。


 端にある釣り針型の金具を軽く手に握らせ、よいせっと一人づつ窓から放り投げる。

 金具が体重の負荷で深く刺さり手の甲を裂いて、ギャーッと身も世もない悲鳴が次々に上がった。

 ちょっと窓から覗いて、ブラブラと男たちが風に揺れている様子を見て、オルランドは無邪気にクスクス笑う。


 うん。この元気の良さなら、絶対に朝まで生きてるよね。


 一仕事終えたようにパンパンと両手のほこりを払う。

 そして、振り向きたくてうずうずしていたミレーヌに、もういいよとオルランドは言った。


「偉いね、お姉さん。少しは人質らしいところがあってよかったよ」

「あら、わたくし、ずっと人質ですわよ?」


 どこか言葉にとげがあると思いながら、ミレーヌは振り向いた。

 オルランドはフゥンとだけ生返事をしながら、パンパンと手のひらの埃を叩き続けた。

 反論の言葉を飲み込むのに、意味のない単純動作はちょうどいい。


 ミレーヌはグルリと周囲を見回した。

 叫び声が聞こえるのに他に誰もいない。

 どこにいったのかしら?

 謎だと思って首を傾げていたら、鴨居のロープを指差されて理解した。


「まぁ! あんな断崖絶壁に吊るされたりしたら、死にそうな悲鳴を上げるはずだわ」


 そんなふうに幸せな誤解をした。

 オルランドの残酷な行為など想像もつかないのだ。


 ただ、あんまり悲痛な叫び声なので少しは気の毒になる。

 痛いとか死ぬとか悲痛な声だ。

 ただ、さっき襲われたことを思えば助けてもいいことがないし、窓を覗く気にもならなかった。


 自業自得、絶対にそうですわ。

 反省してくださいねと、ミレーヌは心の中で合掌した。


「行くよ」

 さっさと外に出ようとするオルランドを「待って下さいな」と呼びとめた。

 携帯食を包んだ六個の包みを棚から出す。


「本当にお姉さんは、三個ずつ作ったんだ」

 オルランドは初めて自然に笑った。

「まぁ! 作れと言ったくせにひどい」

 正直な気持ちで文句をのべると「素直な人質だね」とオルランドはやけにおかしそうだった。


 腰のカバンから皮のポーチを取り出して携帯食を三個入れると、ミレーヌに渡して腰につけるよう指示した。

 ミレーヌは初めて見る旅用のポーチに頭を悩ませる。

 これは何かしら? と、固定するヒモの数が多いので四苦八苦してしまう。

 オルランドはさっさと奪うと、不器用だねぇとあきれたように手を貸して、ミレーヌの腰につけてやる。

 残りの三個は自分の腰のカバンに入れて「行こう」とあたりまえの調子でうながした。


「どこに行きますの?」

 ミレーヌはその後ろを歩きながら、おずおずと問いかけてみる。

 振りかえったのは爽やかな笑顔だったけれど、妙な返事が返ってきた。


「ん? とても目立つうえに、安全にも危険にもなるところ」


「危ないんですの?」

 さすがに不安な口調になってしまう。

「人質はちゃんといい子にしておきなよ」


 オルランドは軽く外を見た。

 まだ静かだが、もうすぐ騒ぎが起きる。

 時間があるようであまりないかもな。

 そんなことを考えながらスタスタと足早に歩いた。

 階段を上っていくつもの角を回り、ドンドンと上に向かう。

 最上階に向かっていることしかミレーヌにはわからない。


「あの、ジッとしていたら安全ですわよね?」

 素直についてくるミレーヌの大きな目が、不安なのか少しウルウルしていた。

 その顔をジッと見て、オルランドはちょっと首をかしげた。


「お姉さん、何かに似てるよね?」

 この台詞の次に続く言葉は、なぜかいつも決まっている。

 思い出して、ミレーヌはムッとした。

 不安など吹っ飛んでしまった。


「ガラルド様はアライグマだと! 褒め言葉と勘違いして毎日毎日! あのスットコドッコイ!」

 働き者とアライグマを同じ意味だと言いきる。

「本当にひどいでしょう?」


 思い出しただけで「ありえないですわ」などとたいそう憤慨しているので、オルランドはフゥンと適当に相槌を打って不思議そうな顔になる。

 ガラルドの話になるとミレーヌは感情的になるし、他のことはすっかり棚上げである。

 それだけ強烈な個性もあるのだろうが、ガラルド個人に特別な思い入れも感じられた。


 ただ、スットコドッコイと言うぐらいだから、ロクな印象ではないのだろう。

 突っ込んだことを聞くとうるさいかもしれないので、そこは賢く黙っておく。

 だからとりあえず、アライグマの話題で無難に流そうとする。


「お姉さんはそっくりだよ」と笑いかけた。

 さすがに、コロコロした丸いところが特に、などとは口にできなかったけれど。

「でも、似てるよ? アライグマ。本物もね、よく手を動かして、フカフカでかわいいんだ」


 まぁ! とミレーヌは胸の前で指を組んだ。

「なぜかしら? 初めて褒め言葉に聞こえたわ」

 何やらひどく感動している。


 ン? とオルランドは眉根を寄せる。

 ミレーヌの眼差しがキラキラして、一瞬にして好感度アップしたのがわかってしまった。

 あきらかに、大きな間違いを犯した気がする。

 これ以上ミレーヌには懐かれたくはないのに、身内を見るような眼になっているのが怖かった。


「あのさ、剣豪も同じ事を言ってんだろ?」

 おそるおそるオルランドが確かめると、ミレーヌは眉根を寄せた。

「だって、全然違って聞こえるんですもの」

 う~んとしばらく悩んだ後で、ミレーヌはニッコリと笑った。


「オルランドになら、アライグマと呼ばれてもかまいませんわよ? 仲良くなれますでしょう?」


 仲良くだって?


 ソレは勘弁だと、オルランドは顔をひきつらせる。

 二度と呼ばないよ、と心の中で応えた。

 言葉にする勇気はなかったが。


 そうこうしている間に、建物の中央にある高い塔のような場所にたどりついた。

 熊を五頭は詰め込めそうな、鳥かごに似た巨大な檻が三つほどあった。

 こっちこっちとオルランドに手招かれて、ミレーヌはその中の一つに入った。

 ど真ん中に支柱のような柱がある。


 ミレーヌがおっかなびっくりのまま中に入ると、本当に鳥かごとしか思えなかった。

 サイズ的に、自分が小鳥になった気がする。

 古い物らしいが鋼鉄でできていて、やけに頑丈なつくりだ。


「いい? この真ん中の柱にしがみついてないと、危ないからね? 外枠に近づいたりしたら、死んじゃうから。ちゃんといい子にしているんだよ?」


「わたくし、死ぬんですの?」

 物騒なオルランドの言葉を受けて、ミレーヌはとてつもなく不安な顔になる。

「人質だから仕方ありませんわね」

 ボソボソとミレーヌはつぶやきながらも、ウルウルと瞳を潤ませてしまう。

 上目遣いのすがる目に、オルランドはつい後ずさった。


「いや、ちゃんと柱にしがみついてたら平気だよ? うん、たぶんね」

「たぶん、ですの?」

 助けて~助けて~とエンドレスに続く声にならないお願いが、ミレーヌの顔に書いてある。


 なぜか気持ちが揺らいでしまった。

 お姉さんでも怖いの? なんて普段なら笑い飛ばすのだけど……そんな雰囲気ではなかった。


 どうでもいい、なんて言えない。

 オルランドは一つため息をついてカバンからロープを取り出した。


「……仕方ないなぁ」

 支柱とミレーヌの胴を縛った。

 これで少々のことでは支柱から離れないと、強度も確かめている。


 檻の作りももう一回、丁寧に調べなおした。

 古びているが、頑強な檻は不具合一つない。


「これでよし。できるだけ口を閉じて、静かにしておくんだよ? わかった?」

 そしてミレーヌの言葉が聞こえるのが悪いのだとばかりに、耳栓を取り出してそれをはめた。

 よし聞こえない、などと満足げな顔になる。


「大人しくしておかないとどうなっても知らないよ」と、とりあえず付け足した。

 勝手なことをすると本当に危ないのだと念を押されて、ミレーヌの不安が増した。

「危なくなったら、助けて下さるんでしょう?」


 不安げなミレーヌのまなざしに、かすかに笑っただけでオルランドは檻の外に出た。

 扉を閉めると、厳重に封をする。

 力いっぱい揺らしても扉の金具が外れないことを確かめ、ヨシヨシと一人でうなずきながら納得すると檻から離れていった。


 ミレーヌが何を問いかけても、耳栓をしたままのオルランドから返事はなかった。

 ただ、どことなく楽しそうだった。

 なにをしているのか、ミレーヌにはさっぱりわからない。


 セッセと手を動かしてオルランドは作業をすすめ、壁から突き出ていた木の杭をグイッと下に引いた。

 ガラガラと仕掛けの放つ重い音がする。

 絡みあうように響き始めた金属音が、壁の中で無数に動いているのがわかった。


 ガタン! と不意に檻が揺れたので、ミレーヌは支柱にしがみついた。

 ゆっくりと外に向かって動き出す。

 次第に速度を増しながらスライドし、斜めに傾いた檻に向かって、オルランドは手をふった。


「ここから先はお姉さんの運次第だよ? お迎えが来るまで頑張りな。グッドラック!」


 バイバイ♪ と陽気な口調を、ミレーヌは最後まで聞くことはできなかった。

 ゴトッと大きな音を立てて、檻が空中へと投げだされる。

 キャーッ! とミレーヌは大きな悲鳴を上げた。


 地面には落ちなかったけれど。

 ブラブラと左右に激しく揺れて、空中に吊り下げられていた。

 高速で左右に揺れ続けるため、イヤーッとミレーヌは叫んだ。

 ヒシッと支柱にコアラのごとくしがみつく。


「オルランド~っ! 助けて~いやぁ~っ!」


 こんな重くて大きな檻を吊るす鎖や金具が、どれだけ頑丈なのかはわからない。

 だけど支柱も明らかにさびているし、ずいぶん使われていない気がする。

 揺れるたびにギシギシと妙なきしみがあるし、こうしているだけで命が縮みそうだった。

 物見台よりは下だが、五階建ての建物よりも明らかに高い位置に宙づりである。

 落ちたら絶対に助からない。


「助けてぇっオルランド! オルランド!」


 静かにしろと言われたことなどすっかり忘れて、悲鳴を上げ続けるミレーヌだった。

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