第26話 今わかること

 夕闇が迫る頃。

 詰所に五人が戻ってきた。

 ソファーでグーグー寝ているガラルドに気がつくと、さすがに全員がムッとした。


「それで留守番のつもりか!」

 ラルゴが怒りのままボディープレスをかける。

「いくらやることがないからって、誰がそこまでだらけていいと言った! え? ふざけるなよ!」

「人が来れば嫌でも目が覚めるぞ! 休めるときに休んで何が悪い!」


 トウッとラルゴを投げ返してガラルドが堂々と胸を張るので、全員が白い眼を向けた。

 それぞれ王都内やその外をかけずり回って、休む暇もなかったのだ。

 遠征直後なので寝たい気持ちも理解できるが、目の前でやられるとさすがに気分が悪い。

 どこまで自己中心的なんだとムカついていた。


「あ~わかったわかった。俺が悪かった。ほんのちょっとのつもりが、あんまり気持ちよくて本気で寝てしまったんだ。で、どうだった?」

 ボサボサになった頭髪を手でなでつけながら、大きなあくび交じりである。


「こりゃだめだ」

「まったく反省してないな」

 そろってブツブツ言いながらも、届かない説教に時間を割くのは無駄な気がする。


「サリ殿は?」

 デュランが聞いた。

 揺りイスはあるけれど姿が見えない。


「おお、こっちは冷えるからな。ライナに泊るよう頼んで、あのどでかい来客部屋にお二人様だ。ばあさん同士で今夜は仲良く添い寝できるように、用意はしといた」

 国賓も泊まるキングサイズのベッドを提供し、三食食ってよく寝ろと言えば年寄りらしく二人とも素直に従う。

「たぶん大丈夫だ」


 耳をいじっているガラルドに、あんたにしちゃ気が利いてると、とりあえずみんなが褒めた。

 何よりライナに宿泊を頼んだのは異例の気の回し方だ。

 ハッハッハッとガラルドはこの留守番がまんざらでもなかったのか、とても楽しそうだった。


「サリは賢いからな。心配顔でウロウロしてると俺らの気が散るとか、よけいな気を遣わせると思っているんだろうよ。いいばあさんだ」

 それでもここを使えと客間を開けると、二人とも目が点になっておかしかったぞと笑った。


 そりゃそうだろうよ、と全員がそろって思ったが、賢く口を閉じた。

 国賓クラスの外交仕様だし金糸銀糸も使われた高級な寝具なので、見慣れない者からしたら宝飾に埋もれるようなものだ。

 一般人の感覚では場違いな場所だろう。

 少しでも汚したらどうしようと、今頃は二人ともビクビクして青ざめているに違いない。


 嫌がらせか? と聞くのもやめた。

 一番いい部屋にと気を配ったつもりなのだから、水を差してはいけないだろう。

 黙っているのも疲れるが、口を開いて疲れるのはもっと遠慮したかった。


 ハァッとキサルは大きなため息をついた。

 またどこかに消えていて、探しまわるはめになると思っていたのだ。

 だから「良くできました」とちょっとだけ褒めた。

 心がこもらなかったのは仕方ないだろう。


「まぁあんたに留守番ができただけでも上出来だよ。ばあさん二人の相手をして、昼寝をしてたなら、勝手にお出かけしてるよりマシだ」

 まぁなとガラルドはうなずいた。

「お友達や仲間だとサリが言っていたからな。出るのはやめた」


「は?」

 訳がわからなかった。

「まだ寝ぼけてんのか?」

「何の話だ?」

「だいたい出かけたって、おっそろしく目立つ熊には何もできないだろうが」

「バカじゃないのか?」とそろって口をそろえられ、ガラルドは座りなおした。


「そこだ。お仲間は待ってりゃいい。で、どうだった?」

 訳のわからん奴だと、そろって頭を悩ませた。

 説明をしているつもりだろうが足りていないので、何の話かさっぱりわからない。


「自分だけで納得しやがって」と皆がブツブツと文句を垂れたが、ガラルドなりに何か心境の変化があったことは理解した。


 大人しく待っていたなら悪い変化ではないし、そのままにしておくに限る。

 気味が悪くても、いい事に違いなかった。


 後でサリにでも詳しく聞こうと思いながら、それぞれ持って帰ってきた情報の交換を始めた。

 王都の中には特別な動きはまったくなかった。

 ミレーヌの姿を最後に見たのは商店街の人間で、大通りに出てすぐぷっつりと姿を消した。


 とりあえず調べてみた中で、個人的にサリやミレーヌが恨みを買っている話や、トラブルに巻き込まれる要因は一つもなかった。

 それに誘拐される程の巨大な資産も、目のくらむような美貌もない。

 第三者的視点から見て、ミレーヌには価値がないのはハッキリしていた。

 大輪の薔薇ならともかく、コロコロしたアライグマでは誘拐のリスクが大きすぎる。


 次は流派がらみと予想したが、多国間の和平条約が再度締結されたばかりなので、異国の間者も直接ガラルドへ手を出すのは控えている。

 不安定な情勢だからこそ、国際問題に発展する動きはまったくないと結論付けてかまわない。


 国王と流派との親密度が上がったことを快く思っていない輩もいる。

 だが、利害を考えれば互いに損はないので、国内の抵抗勢力も今は身を潜めている。

 それこそ水面下の動きだけだ。


 流派へもガラルド個人へも、対抗する大きな動きは、今のところない。

 むしろこのタイミングでちょっかいをかけることを、慎重なほど周囲が控えている。


 結論。

 ガラルドに対して手を出す者はいない。


 しかし、ほんの偶然で誘拐されたにしては、ミレーヌはやけに綺麗に痕跡を断っていた。


「なんだ? ないないづくしじゃないか。だが、帰ってこんぞ。訳がわからんな。王都ばかりで退屈になって、隣町でも買い物に出たか?」

「勝手なあんたと一緒にするな」

 ム~とガラルドが首をひねったら、街道に出ていたサガンがポコンと頭をはたく。

「少し黙ってろ。あんたが口を開くと話が長引くだろ? ひとつ、興味深い話があった」

 パッと視線が集中する。


「直接は流派にもガラルドにも関係ないことだ」

 前置きして、傭兵の仕事をあっせんしているギルドに顔を出して聞いた話を始めた。


 最近、大街道周辺の魔物や野盗の討伐の成果が、非常に上がっている。

 それぞれの件は違う傭兵が仕切って報酬を受け取っているが、大きな魔物狩りや野盗の大物の首を取ってきた連中は、ひいき目に見てもそんな力がない奴ばかりだった。

 かといって証拠もそろっているし討伐も完了しているので、報酬を払わない理由もない。


「で、裏を取ったら直接狩った奴は別にいた。この国では未成年だからギルドに登録できないってのもあるが、他国でも他の奴を使って、自分はほとんど表に出ない。ずっとヴィゼラルやスカルロードを流れていた小僧だ」

 おやおやとそろって眉根を寄せた。


「小僧ってことは、限られるな。キラービーとビッグフットと死神ぐらいだろう?」

「だとしたら死神だな」


 他の二人は自分の名で仕事を取るので、成人までのあと数年はカナルディア国に足を踏み入れる可能性が低い。

 それに名前を上げようと派手な狩りも多いのだ。

 噂にほとんど上らず姿もつかませない少年となると、消去法で残るは死神だけだ。


「御明察だ。一件だけ死神の名が出た」


 報酬を偽って上前をはねようとした連中が、丸裸にされ簀巻きで隣町の中央公園に吊るされた。

 もっとも、吊るされた連中は子供にやられたと言いづらかったらしい。

 警備団には酔ってケンカに負けたとか何とか取り繕っていたようだが、後から経緯を酒場でこぼしていたらしい。


「一つだけでも死神の名前をよく見つけたな」と褒められて、わざと残したんじゃないのか? とサガンは肩をすくめた。

「賢い坊主だぞ。あいつは法にも詳しくて、犯罪にはこれっぽっちも関わらず、表向きは綺麗なもんだ。色々やってるはずだが、他は尻尾もつかめん」


 盗みはせず、殺すのは殺傷許可の出ている人間だけ。

 魔物も妖物も討伐申請のあるモノか、後から討伐許可の取れる案件だけ。

 ギルドにも流派にも傭兵にも、どこにも属していない。

 恐ろしいほど殺しまくっておきながら、一件も法や条約に引っかかったことがないのだ。


 それが死神と呼ばれる由縁だ。

 ただ、退屈を持て余しているのか、趣味の悪い遊びをする。

 はしっこい子供を装って盗賊団などにもぐりこんで、現場を警備団に知らせてその捕り物の手際を観察する。

 表向きは世の助けにはなっているが、まるで気まぐれな神の遊戯に似た趣味の悪さがある。


「今回の誘拐は犯罪だぞ? 別口の可能性は?」

 死神にしてはアプローチが珍しいと突っ込まれて、まぁなと答える。

「初犯の未成年だからじゃないか? 身柄が無事ですぐ返せば、刑として禁錮なら一週間程度と、一カ月の保護観察処分だろ? 大したことじゃない」


 東の国は法の順守が基本にある。

 細分化されていて、覚えるのが面倒なほどだ。


 場違いかもしれないが、一同は少し安心する。

 予想通り死神がさらったのなら、ミレーヌは元気でピンピンしているだけでなく、安全な状態ですごしているはずだった。


 例えば、逃走に失敗して死神が捕まったとしよう。

「剣豪や英雄とまで呼ばれる人の私生活を、家政婦さんなら知っているはずだから、ゆっくり話したかっただけなんだよ」

 などと、憐れっぽく演技しそうな小僧なのだ。

 名前は売れていても法ではただの子供だと、腹の底では舌を出しながら「ごめんなさい」と謝罪を口にして、涙ぐらい当たり前に流すだろう。


 もちろん心の中ではベロベロと舌を振り回して嘲笑しているし、この程度なら法では軽罪だとぬかりもなさそうだ。

 明日か明後日にはミレーヌ様を解放する気だろうさと、面白くなさそうにサガンは告げた。


「死神がすぐ返す気なら、無視するか?」

 ほっとくのも心が痛むが、かまうとたびたび遊びに誘われそうだと迷惑そうな顔を作るので、それがなぁとラルゴとサガンが顔を見合わせた。


 もっと厄介なことが眠っているとわかる表情だった。

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