第6話 終わりと始まり⑥

「うちらとやるつもり? 別に良いけど、まだ慣れてないから手加減は期待しないでよね! 魔光の飛槍エナジー・スピア!」


 先に動いたのはココノアちゃんだ。魔法で作られた光の槍を射出する攻撃魔法が放たれる。しかしそれが相手に当たることはなかった。彼の姿が一瞬にして消えたからだ。


「えっ!?」


「メル、後ろ!」


 ココノアちゃんは攻撃対象がどこへ移動したのか察知できたらしい。後ろを振り返ると、セロさんの姿はそこにあった。足音も何も聴こえなかったので、どうやって移動したのか見当が付かない。


「その幼さでそこまで卓越した魔法を扱うとは……驚きだな。だが、俺を倒す事は不可能だ」


 紅のローブをひるがえして挙げられた右腕から魔法陣が浮かび上がり、同時に10本近い炎の矢が射出された。燃え盛る矢尻自体はそれほど大きくないものの、放射状に広がってこちらの回避行動を封じる。


「全部撃ち落としてやるわ!」


 ココノアちゃんがマシンガンのように連射した魔法の弾丸が、紅蓮の矢と正面衝突した。双方の威力は互角らしく、接触するなり空中で弾け飛んだ。特撮映画を彷彿とさせる衝撃音と煙が空へ広がっていく。

 現実で目の当たりにした魔法使い同士の戦いは想像以上に迫力があった。しかし怯んでいる暇はない。彼がさっき見せた謎の移動方法に関する情報を掴み、反撃の起点を作る――それが前衛を兼ねる私の役目だ。NeCOでココノアちゃんとペアを組んでいた時の動きを思い出し、そのイメージを行動に移した。


「前へ出ます!」


 下半身に力を込めて草原を駆け出す。"対象へ接近する"という明確な目的を頭に思い浮かべたからか、さっき走った時よりも足が軽やかだ。セロさんとの距離は一瞬で縮まった。


「くっ……術式なしでこの加速力だと!?」


 あともう少しで腕が届くという所まで迫った私を見て、銀髪の青年は驚いたような表情を浮かべる。その直後、目の前に広がっていた景色が歪み、彼の姿は急に霞んだ。まるで凪いだ水面を指先で揺らすかの如く、空中にゆらりとした波紋が生じる。残ったのは香水のような微かな匂いだけ。


「また消えましたね! でも今度は引っかかりません!」


 匂いを辿るようにして周囲を素早く見渡し、目印となる紅いローブを探す。幸いにもそれはすぐに見つかった。私の後方、約5メートル地点――はフォースマスターの有効射程内だ。


「ココノアちゃん、追撃をお願いします!」


「分かってるっての! 魔光の飛槍エナジー・スピア!」


 ココノアちゃんが放った魔法の槍が、光の筋となってセロさんを狙い撃つ。ただしこちらの行動は読まれていたらしく、彼は再び消えて攻撃を避けた。互いに有効打を与えることができず、振り出しに戻ってしまう。でも実際にはそうじゃなかった。ココノアちゃんの隣まで駆け寄った私は、感じたままを口にする。


「あの消える魔法、やっぱり瞬間移動スキルでしょうか」


「そうじゃない? 視線の動きからして、座標指定するタイプかも。それなら何とかなるわね。似たような相手と戦った事あるし」


「……そういえばNeCOにもいました、突然瞬間移動してくるような敵さんが!」


「あのチートみたいなギミック搭載してたボス、倒すのにホント苦労したわ」


 恐らく、セロさんは空間座標を指定して任意にを使えるのだろう。こんな突飛な仮説に至ったのには理由がある。かつてNeCOでは、もっと変化のある戦闘を楽しみたい、というプレイヤーからの声に応え、高難易度ダンジョンのボスに瞬間移動技を実装するという対応が行われた。

 座標指定式の転移スキルを付与する――そのアップデートは確かにそれまでの単調なボス討伐戦に大きな変化をもたらした。パーティの隊列を無視してボスがワープして来ると、どうしても防御力の低い後衛から倒される事になる。その結果、戦闘の難易度が跳ね上がってしまった。攻略wikiにも残るNeCO黒歴史の1つだ。

 この理不尽にも程があるNPC専用スキルは、しばらく『後衛殺し』と恐れられていたものの、プレイヤーによって数々の対策法が編み出されたので、今となっては対応可能なものに分類される。NeCOにおけるバランス調整の変遷は、まさに運営会社とプレイヤー達の知恵比べだったと言って良いかもしれない。


「前衛と後衛で防御ステータス差が凄いのに、ボスに瞬間移動ギミックを仕込むって……今から思うとクソゲーにも程があると思わない?」


「でもそのおかげでワープ対策が生まれたわけじゃないですか。セロさんに有効かどうかはわかりませんけど、試す価値はあります!」


 話し終えた刹那、正面に捉えていたはずの青年が消えた。転移の魔法が発動されたと判断し、私達は即座に後ろを振り帰る。あらかじめ転移先を予想しておいて、そこに攻撃をおく――それが最も簡単で確実な対策だ。


魔光の瞬雷ショック・ボルト!」


 ココノアちゃんの範囲魔法が発動し、白い稲妻が空から降り注ぐ。それは背後に移動していたセロさんを巻き込んで派手な火花を散らせた。真紅のローブが焦げ、煙を吹く。


「チッ、転移先を読まれたか……」


 舌打ちが聞こえたけど、彼の表情にはまだ余裕が見られる。ショックボルトの魔法は範囲が広い反面、ダメージ倍率が低かった。だから決定打にはならない。


「メル! 硬直を狙って!」


「はいっ!」


 私はココノアちゃんの声が聞こえた時点で既に踏み出していた。柔らかい土を草ごと右足で踏みしめ、突進するための加速力を生み出す。頭に浮かべるのは、この右拳がセロさんの胴体を穿つイメージ……もちろん、本当に貫通させる気なんて無いけど、それくらいの気構えでやらないと眼前の相手を倒すことはできない。友人が作ってくれた隙をフル活用して、私は彼を攻撃レンジ内に収めた。


「もう逃しませんから!」


「しまった……ッ!?」


 目を大きく見開くセロさん。彼は今、一切の行動ができない事に戸惑っているはずだ。ショックボルトはダメージを与えた相手に数秒の硬直――麻痺のような状態異常を与えるので、短時間であれば転移を封じられる。1秒や2秒で出来る事は限られてるけど、今の私ならそれで十分。目線の高さにあった腹部目掛けて、速度が乗ったパンチを叩き込んだ。


――ドゴォッ!――


 鈍い音を響かせながら、右手が青年の脇腹へ減り込む。衣服越しに骨らしきものがポキポキと折れる生々しい感覚が伝わってきた。子供の筋力でこれほどの破壊力が出るとは思わず、私は慌てて腕を引き抜く。


「良いパンチじゃない! このまま畳み掛けるわよ!」


「待って下さいココノアちゃん! この人はもう戦えません!」


 追撃の魔法攻撃を繰り出そうとしていたココノアちゃんを急いで制止した。私の一撃で戦闘不能に追い込まれたセロさんは苦しそうに膝を付いたまま、その場から動けずにいる。戦意も全く感じない。


「ククッ……見事だったぞ。3重の防御魔法を貫通して尚、これほどの威力を持つとはな……幼子だと侮った俺の完敗だ」


「防御魔法、ですか……? あっ、そういえば何か硬いものを感じたような」


 拳が当たった瞬間、薄い氷が割れるような感覚はあった。そのまま気にせず殴っちゃったけど。もし本当に彼が自分の身を魔法で守ってたなら、それを素殴りで破壊してしまった私の拳は一体何なのだろうか。"メル"の身体が持つ底知れない力に、自分でも怖くなってくる。


「1つ聞かせてくれ。何故、俺の転移先を予測できた?」


「瞬間移動する時、視線を移動先へ向けてるでしょ。それで大体の位置がわかるのよ」


 いつの間にかココノアちゃんが隣に立っていた。セロさんへの警戒を解いたらしく、亜麻色に染まった綺麗な髪を揺らしながら解説する彼女の横顔はリラックス気味だ。


「わずか数回見ただけで転移魔法の特性に気付くとはな……大した才能だ」


「ですよね! 昔からココノアちゃんは頼りになって凄いんですよ!」


 自慢気にウンウンと頷く私。出が早いとはいえ、ショックボルトは座標指定タイプなので狙って当てるのが難しい。観察眼の鋭いココノアちゃんでなければ、"ワープ先に置いておく"ことで必中させるなんて荒業はできなかったと思う。


「うちらをどっかに連れて行こうとしてた不審者に褒められても全然嬉しくないっての。ところでこの男、どうする? 二度とちょっかい出せないよう、ボコボコにしておくのもアリだと思うけど」


「私のパンチだけで結構な怪我を負わせてしまいましたから、この辺で止めておきましょう。それに、この人ならまともにお話できそうな気がします」


 氷漬けになったままの暴漢を横目に答えた。セロさんはなんだかんだで私を助けてくれた人でもある。根っからの悪人ではないはずだ。それに日本語が通じている相手なら、コミュニケーション次第で分かり合えるかもしれない。ひとしきりの考えを巡らせた後、彼に向かって回復の魔法を唱えた。


肉体治癒ヒール!」


 初級の回復魔法であるヒールは詠唱時間が短いので、"メル"のステータスでもほぼ即時発動できる。青年の体が淡い光に包まれた。


「これは……癒やしの術なのか……?」


「癒やしの術という名前は初耳ですけど、私達はこれを回復魔法と呼んでます。ただ私は魔力が低いので、あまり高い効果を得られないかもしれませんが……」


 ステータス上の制約を受けるため、殴りヒーラーの回復魔法は効果量が低い。だからいつも複数回唱えるのが当たり前だった。私はヒールを数回続けて連続詠唱する。


「いや、十分だ……既に痛みは消えた。礼を言う」


 3回目のヒールを断ると、セロさんはゆっくりと立ち上がった。私が殴打した部分は完治したらしく、荒くなっていた呼吸も整っている。


「……俺の知らない魔法を操るエルフに、癒やしの術とは異なる治癒魔法を使う獣人か。面白い組み合わせだ。なかなかに興味が唆られるな」


「はぁ? うちらに興味って……アンタもしかしてロリコン? メル、やっぱりコイツはここで倒しておいたほうが良いって!」


「いやいや、そういう意味で言ったんじゃないと思いますよ!? ともかく、お互いに色々と誤解がありそうですし、まずは落ち着いてお話しましょう! ね!」


 友人の過激な発言を諌めた私は、対話による解決を提案した。初めて訪れた異世界に対する不安感からか、ココノアちゃんの毒舌はいつもより辛辣だ。前に男嫌いだとチャットしてたのをNeCOで見た覚えがあるので、それも関係しているのかもしれない。


「ええと……少し良いですか、セロさん?」


 場を仕切り直し、私はセロさんに向き直った。ここからは会社員として培ってきた交渉術の出番だ。右も左も分からない世界で生きていくためには、何よりも知識が必要になる。NeCOだって何も知らないとポンコツキャラが出来上がってしまうのだから、まずは情報を得られる環境が欲しい。


「私達、気付いたらこの草原に居たんです。ここへ来るまでの記憶は曖昧で、へ戻る方法も分かりません。厚かましいかもしれませんが、この地域についてお話を聞いても良いでしょうか?」


「……そうか。辛い境遇である事も配慮せず、勝手な理屈を押し付けて済まなかった。俺はこの周辺一帯における統治と管理を任されている者でな。盗賊の一団が出没したと聞いて駆け付けたのだが……傷付けられた領民を見て、冷静さを欠いてしまったようだ」


「そんな経緯があったんですね……あっ、怪我した人がいるなら私の回復魔法で治すことができるかもしれません。宜しければお手伝いしますよ!」


「それは助かるが、本当に良いのか……?」


「ええ、もちろん! 困った時はお互い様、なので♪」


 ヒーラーである以上、怪我をした人がいるなら治してあげたかった。NeCOの"メル"だって、きっと同じ行動をしたはずだ。ただ、ココノアちゃんがジト目でこちらを見ているのが気になる。


「全く……辻ヒールばっかりしてた頃と全然変わらないんだから。人助けもいいけど、ちょっとは自分の心配もしなさいよ。寝泊まりする場所もないんだからね、うちら」


「それはそうなんですけども……」


「お前達さえ良ければ、俺が生活面の面倒を見よう。少なくとも衣食住に関する心配はなくなるだろう。それにこの地域に関して知りたい、という要望にも応える事ができると思うが……どうだろうか?」


 私達の悩みを一気に解決してくれたのはセロさんだった。住む場所だけでなく食事や知識も提供して貰えるなんて、願ってもない嬉しい申し出だ。考える余地なんて無い。


「ぜひ、お願いします!」


「ちょっ、何で即答してんの!?」


 ココノアちゃんから素っ頓狂な声が飛び出した。さっき出会ったばかりの人を信用して大丈夫なのか、という葛藤があるんだと思う。ただ、セロさんが悪い人には見えなかった。根拠なんて何もなかったけど、現状の問題点を挙げて彼女の説得を試みる。


「このだだっ広い草原をアテもなく歩くのは大変じゃないですか。それにお金がないので、街に辿り着いても食べ物を買うことができません。何より、このままだと確実に困りますよ……お手洗いに! まさか、その辺の茂みに隠れて済ませようなんて思ってませんよね!?」


「あ、当たり前じゃない! うちを何だと思ってんのよ!」


「なら決まりです♪ それでは宜しくお願いします、セロさん。私はメルって名前で、こちらのエルフっ子がココノアちゃんです!」


「メルに、ココノアか……此方こそ宜しく頼む」


 ココノアちゃんの承諾が得られたので、私達は異世界の住人であるセロさんの元でお世話になる事になった。この先どうなってしまうのか、日本へ戻ることはできるのか……正直、分からない事だらけだ。不安がないと言えば嘘になる。


「ココノアちゃん、手を繋ぎませんか?」


「えっ、何よ急に。別にいいけど……」


 差し出した右手に小さくて可愛い手が重なった。伝わってくる暖かさで、大好きな人が隣に居るんだと改めて実感する。嬉しくて自然と笑みがこぼれてしまった。一度は終わりを迎えたはずの冒険譚――その続きを紡ぐ物語が今、始まる。

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