「でも、あれだけ喋ってるのに、ほとんど残業もしないで締め切り前には仕上げてくるんだよ」


 不意に眉根をひそめ、岡本は長い指であごを撫でた。


「しかも、速い上に処理自体は正確なんだよね。コメントが意味不明で、誰も読み解けなかったりするけど……。こんプロジェクトの七不思議のひとつだよ」


「よくわかります!」


 岡本の言葉に、千秋は食い気味に。深々と、頷いた。


「美術や技術の作品って、授業中に作り終わらないと放課後に残ってやらないといけないんですけど。あいつ、あれだけ喋ってるのに、授業内で作り終わってるんですよ。しかも受賞するような作品を!」


「百瀬くんは昔から百瀬くんなんだね」


 身を乗り出して、バシバシと机を叩く千秋に、岡本は引き気味で同意した。千秋がこんなに食いついてくるなんて思っていなかったのだ。


「で、ヒナのお喋りに巻き込まれて、ほとんど作業の進まなかった俺に向かって言うんですよ」


 急に声のトーンを落とした千秋は遠く。遥か、遠くを見つめた。


「まだ、そんだけしかできてないの? 五十分もなにやってたんだよ。要領悪いなぁ、千秋は……って。なにやってたって、お前の話し相手をうっかりやってたって話なんですけどね。

 手に持ってるのが彫刻刀じゃなく、絵筆でよかったって。本当に思いました」


 中学時代の陽太の無邪気な笑顔を思い出して、無の表情を浮かべる千秋の肩を、


「うん、小泉くん。苦労してるんだね」


 岡本はにっこりと笑って、そっと叩いた。ただ――。


「あと職場に刃物は持ち込まないようにね。絶対に」


 そう言ったときだけは、肩をつかむ手に力が入っていたけれど。

 ついでに目も笑っていなかったけれど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る