17 ワクワク

「昨日、マッチングアプリでメッセージ交換した人と、会って来たんですよ」

「ええっ? 本当に!?」


 工場の社員食堂で、いつものように総務部の女性グループでお昼を食べていると、寺崎先輩から驚きの告白。先週、確かにマッチングアプリで真剣に相手を探すか、とは言っていたけど、本当に活動し始めたんだ。


「何、どんな人? イケメン? 高収入? 年は?」

 先輩達は遠慮がない。そこまで根掘り葉掘り聞かなくても。


「年は、私よりちょっと下。顔は、まあまあかな。悪くはないと思うけど、すごいイケメンではない」

「年下! 姉さん女房で、可愛がってあげちゃう系?」

「うーん。そういう感じでもないし」

 寺崎先輩の話し方は、どうも歯切れが悪い。


「なんかね、話してて、もう一つ物足りなくて」

「物足りない? どんな所が?」

 みんな興味津々で食いついていく。


「せっかく男の人と会うなら、食べたこともないような美味しい物を食べるとか、ワクワクするところに連れて行ってくれるとか、トキメキが欲しいでしょう?」

「そうだね」

「そこまでいかなくても、何か共通の趣味はないか聞いてくるとか、私に興味があることを態度で示してほしいじゃないですか」

「うんうん」


「何にもないんですよ、そういうの。なんかつまらない自分の趣味とか、理想の相手のこととか、ボソボソ話してたけど」

「つまり、ハズレだったってこと?」

「端的に言えばそう。メッセージでは、もう少しマシな人だと思ったんだけどな」


 イケコンと過ごした金曜日の夜は、寺崎先輩のしてほしいことばっかりだったかも。あれって、やっぱりすごいことだったのかな?


「もう、つまらないのはさっさとお断りを入れて、次にマッチした人に行った方がいいですかね?」

「あなた、まだ若いんだし、そんなに焦らなくても」

「いやいや、せっかくエントリーしたんだから、どんどん会わないと損よ」

「次は、ずっと年上の金持ちオジ様が来るかもしれないわよ」


 みんな、人ごとだと思って言いたい放題。寺崎先輩なら、そんなに焦らなくても、いい人が見つかると思うんだけどな。


***


 総務部の事務室に戻ってくると、吉岡君からメッセージが届いた。

[ デジタルラボ・アンリミテッドの展示は行ったことある? ]

 あ、ずいぶん前から話題になっているのは知っているけど、行ったことないな。すごく広くて暗い空間に、不思議な動きをする光のオブジェの展示をやっている、デジタルアートの美術館。


[ まだ行ったことない ]

[ 平日は、ちょっと閉館時間早いんだけど、今週の金曜日行ってみようか ]

[ いいよ。楽しみ ]

 これは『ワクワクするところに連れて行ってくれるとか』だよね。寺崎先輩には申し訳ないけど……


[ じゃ、当日はパンツはいて来てね ]


 え、パンツはいて? はいてないってことは、なかったはずだけど。どういうこと? え?

 まさか、この間イケコンの家に担ぎこまれた時、パンツはいてない時間があったとか?

 しばらく頭の中で、考えがぐるぐる回っていたが、やがて勘違いに気がついた。スカートじゃなくてパンツルックで来て、という意味だ。バカみたい。


[ いいけど、どうして? ]

[ 上下鏡張りの展示とかあって、スカートだと見えちゃうらしい。あと、歩き回るから足元はいつものスニーカーで ]

[ そうなんだ。ありがとう ]


 見えちゃうって、やっぱりそっちのパンツも問題だったのか。

 わかったけど、パンツスーツでスニーカーに合うやつ、持ってたかな?


 スマホを閉じ、机の引き出しに入れてある歯ブラシと化粧ポーチを持って立ち上がると、前の席に座っている寺崎先輩と目が合った。先輩もスマホを閉じたところだったけれど、目元も口元も、どうしようもないほどニヤけている。こんなにデレデレしている先輩も珍しいな。


 軽く会釈して、そのままお手洗いに歩いて行くと、ニヤニヤしたままの先輩もポーチを持ち、スマホの画面をまた開いて見ながらついて来た。これは、聞いてあげないといけないパターンかな?


 お手洗いに入り、鏡の前で歯ブラシを出しながら、思い切って聞いてあげる。

「先輩、何かいいことあったんですか?」

「うん。さっきのマッチングアプリで、もう一人メッセージ交換し始めた人から、金曜日にデートに行きませんかって、お誘いが来た」

「よかったじゃないですか。最初のつまらない人は、もう断われますね」

「しかも今度の人は、かなり高スペックみたいだし」

「高スペック?」

 マッチングアプリで高スペックって、どうやってわかるんだろう? 年収とか書いてあるのかな?


「プロファイル写真とは別に、日常のスナップ写真を見たんだけど、腕時計がローレマ・ヒデだったのよ」

「ろ、ろーれいのひで?」

「そう。ヒデは、そんじょそこらの人じゃ買えない高級品よ」


 そうなんだ。寺崎先輩にも、いい人が見つかるといいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る