第11話 私の言葉
レンの指先が宙空に青白い線を描く。
指揮棒のように振るった線は、しなって、長く、長く。
どこまでも伸びていく。
「イウォンカー島全体を覆う防御壁。さすがに時間がかかりそうだ」
「そっか、そりゃそうだね。完成するまで台風が暴れ放題。街はこわれ放題。人は殺され放題。被害を最小限に食い止める方法、なんか考えないとね」
青い光が伸びる先と、台風の化け物を交互に見ながら、私は思考を止めない。
雨に濡れて冷えた身体が、私の意思と関係なく震えた。
「陛下!」
背後にドタドタと、雨音に負けない賑やかな足音が殺到する。
振り返ると、女王の周りに黒い着物の男たち。祭りの最中に撒かれた護衛の連中だった。
「まるで物語の主人公みたい。ご都合主義ね、アカリ」
女王は面白そうに笑う。
護衛たちは口々に「お身体が冷えます」「なぜ我々から離れたのです」「ここは危険です逃げましょう」と叫ぶ。
が、女王が聴いている様子はない。
代わりに、護衛たちへ問いかける。
「あなたたち。私を守れますね? 私は今から、あの台風を足止めします。心して護衛するように」
有無を言わさぬ調子で白扇子をふりかざすと、空を切った。
跳ぶ。
斬刃。
白の刃は台風の首根っこに命中して、傷ひとつ付けなかった。
バケモノの眼が、女王を捉える。
口を開ける。
黄色い、電流。
を、黒い塊が跳ね返した。
「陛下!」「陛下!」「無茶です!」「陛下!」
「お下がりを!」「陛下!」
めっちゃ混乱した様子でワチャワチャと嘆願する護衛たち。
台風が再び電流を放ると、振り返って一致団結。
巨大な黒い弾のようになって、弾いてしまう。
「陛下!」「陛下!」「無茶です!」「陛下!」
「お下がりを!」「陛下!」
私は、泣き顔でわめきながらも職務を果たす様子にプロフェッショナル精神を感じた。
「行きなさい、アカリ。女王を継ぐに足る資質を、見せなさい」
ぶうううううん。
うめき声のような声と共に、空気が青く変色した。
レンのこめかみに、血管が浮き出ている。
「島全体を、捉えた……、防御壁の、生成、に……移行する。あの規模の、台風……二重、いや、三重、に……囲う、か」
瞬きひとつせず、指先から放たれる青い光に集中している。
しゅわしゅわと流れ出る輝きが、たましいのように揺らいで見えた。
「祭り、のメイン、ステージ……に、一時、避難、用……の、ドーム、を作った」
「ひとまず会場に残った人たちをそこへ避難させましょう。中心地が一番危険なことは、間違いないわ」
途絶え途絶えになったレンの説明を、女王が引き継いだ。
レンは、島全体に防御壁を張り巡らせる大作業に集中している。
女王は、台風の矛先を逸らすので精一杯だ。
つまり、住民たちの避難は。
「私が、先導するのね」
レンが、血走った眼で笑う。
女王が、無言でうなずく。
私は雨の中を駆け出した。
湧き出しつづける使命感が、背中ごしに私を監視しているみたいだった。
大雨の中、火の粉は絶えない。
悲鳴は尽きない。不安は消えない。恐怖は滅びない。
街中を、人々が走り回っていた。
目的地もばらばらに。
意図のわからない叫びが、パニックを表現していた。
ふと、夢の世界の防災訓練を思い出した。
押さない。
走らない。
喋らない。
全部、やっちゃってる。
まずは、混乱を止めないと。
私は考える。
魔法も使えない私が持つ武器は、言葉だけ。
かき集めた哲学の名言知識を掘り起こす。
彼らの胸に、響きそうな言葉を。
ゆっくり急げ。
アウグストゥス。
違う。
孤独な者よ、あなたは創造者の道を行く。
ニーチェ。
違う。
不安は自由のめまいなのである。
キルケゴール。
違う違う違う。
こんな、別世界の、別の時代の人の言葉じゃだめだ。
もっと、この人たちに、届く言葉を。
この人たちだけに、響く言葉を。
そう思った途端、私は。
「イウォンク・イウォンカー!」
叫んでいた。
神祭で聞いた、謎の掛け声を。
熱気にあふれる、イウォンカーの言葉を。
数人がこちらを振り返る。
まずは、数人。
数人でもいい。
「イウォンク・イウォンカー!」
もう一度、叫んだ。
のど、痛。
また数人、振り返る。
足を止めて、私を見ている。
「私は、王女アカリ」
私は初めて、自分から王女を名乗る。
「ヤシマテンノの、王女アカリ。女王陛下に代わって、あなた方に道を示しに来ました」
私は初めて、自分の覚悟を語る。
この国の、国民に向けて。
後ろを走り回っていた数人が、つられてこちらに寄ってくる。
「さあ、生きましょう。みんなで、生き残りましょう。厄災に耐え、乗り越えましょう」
自分の言葉で。
拙すぎる。哲人たちの足元にも及ばない。
けれど、心は、こめる。
私の周りに集まる人々が増えていく。
その人たちが家族や知人に声をかけて、また増えていく。
「落ち着いて、焦らずに、私を追いかけてください。安全な場所まで誘導します」
伝わったんだろうか。
伝わったよね、きっと。
言い終わると、私は振り返り、レンの作った安全地帯の待つ、メインステージに向けて駆け出した。
「イウォンク・イウォンカー!!」
大きな掛け声が、後ろから響いた。
何人もの声が揃っていた。
ユニゾンしていた。
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