17 最後の闘い
始まりは
どこからともなくひたひたと漂ってくる靄。
靄が徐々に霧となり辺りを覆っていく。
次に音が聞こえてくる。次第にその音が近づいてくるのだ。
「めりめりめりっ、めりめりめりっ、めりめりめりっ」木々が傾き
「どおおおおおおーーーん、どおおおおおおーーーん」次々倒れ
「ごおおおおおおーーーっ、ごおおおおおおーーーっ」斜面を滑り落ちる。
そんな音の後、地響きがした。
その少し前に素早く降り立った天狗が「近くの大木にしがみつけ」と
わたしたちに耳打ちしてまた空へ駆け上がった。
月明かりの中なにやら呪文を唱えたと思ったら「はっ、」と声がした。
山々の木々がなぎ倒され斜面を滑り落ちていくそんな音だった。
すぐに立っていられないくらいの爆風がきた。
しがみついた木ごと飛ばされそうな勢いだった。
それが突然終わった。一瞬の出来事だった。これが天狗の術。
気が付くと鬼の姿は消えていた。
月は変わらず中天。見回しても他に何も変わったところはなく元のままだった。
木々が無くなっているわけでも地割れを起こしているわけでもない。
ましてや山が崩れているわけでもなく。何事もなかったかのような景色だった。
見下ろして嘲笑っていた鬼は天狗が放った術をまともに喰らったのだろう。
横倒しになった真っ黒い塊が切れ切れに見えていた。
鬼の胸から放り出されたおばあちゃんを天狗は助け出してくれていた。
地上に降り立つと抱き留めていたおばあちゃんを天狗はすぐ直樹さんに託した。
駆け寄ろうとしたわたしが動けなかったからだ。
手にしていた剣が勝手に動き出し構えざるおえないわたしの姿に、まだ終わっていないのだと気が付いたのだ。
天狗をみつめた。訳が分からなくて答えを求めた。
「鬼は消えてるのに、剣が・・・」辛うじてそういうと、見ていた天狗は「ほう」と呟き目を見張った。
結構な傷を受けているのにまだ剣を構えていられるのかという「ほう」にも聞こえた。見直してもらったようで嬉しかったが、「まだ終わっていない」と内なる声もして緊張が走った。
天狗は剣を代わりに持とうとしてくれたがそれは叶わぬことだった。
わたしの手にぴたりと吸い付いてはがせない。
わたしにしか扱えないのだと確信しただけだった。
剣の指す方にわたしたちは目をやった。
やっとそこでわたしたちは気が付いたのだ。
はなからある一点を指していたのだ。
岩を支える山肌のその先を初めからずっと。
月あかりに稜線が闇に溶け出しているところ。山頂を。
天狗がわたしを片手に空へ舞い上がる。
剣の示すところへわたしたちは向かった。
今までわたしたちのいた辺りを見下ろせる場所に人影があった。
剣はまっすぐその人影を指している。
「ここまでよく来た。よく来たな、お前たち」と声がする。
月明かりが声の主を露わにするがそれは鬼の姿ではなかった。
貧相な瘦せこけたひとりの老人がいるばかりだった。
白い髪を振り乱した着物姿の老人。はだけた胸元からあばら骨がのぞいている。
「大嶽丸、」「これが大嶽丸?じゃあ下にいたのは、」
「あれはそう、我の鬼の部分とでもいうのか。
ちと手荒な遊びであったなあ。」笑っている。
「く、遊びだと、」天狗の声に怒りが滲む。
「遊びって、ひどい、」おばあちゃんをあんな目にあわせといて遊びって・・・。
「いや、剣はお前を指しているぞ、大嶽丸。お前こそ鬼の本体だろう。」
天狗が怒鳴った。相手はこの問いかけに答えることはなかった。
「我名はオオタケ。大嶽丸なんぞというのは後の者たちが勝手にそう呼んだだけ。
これでも東の郷では戦闘の猛者と恐れられたものだ。
久しいのう、アテルイにタカコ。いやタテエボシ。か。」
「我々はその名ではない。」「そう。わたしは明日香。」
「ふん、どっちでもよい。
ここへ来たからには最後の剣を交える覚悟はできておるのだな。」
どうやらオオタケにはわたしたちにかつての人々の姿が重なっているのかもしれない。目を細めてわたしたちの背後を見つめている。
そして次の瞬間、剣と錫杖を構える人影が入り乱れ闘いが始まった。
切り結ぶ音と白刃のきらめきに時おり火花が散る。
オオタケの切っ先が天狗をかすめわたしを狙う。わたしは体をかわし剣を払う。
「ほう、これはこれは、さすがにかの田村麻呂が感嘆した剣の腕じゃ、
タテエボシよ。」
息も切らさず次々にかわし自分の剣をわたしは繰り出していた。
不思議だった。いつの間にこんなに
驚きと共に内なる声も聞こえていた。「やつは手ごわいぞ」
弱弱しい老人にしか見えない相手なのになぜこんなに強いのだろう。
徐々に押されてきた。これが何にもまして不思議だった。
足を払われわたしは地面に倒れた。素早く受け身をとり突き刺す剣をかわす。
ほんのわずかな隙だった。オオタケの腕を天狗の錫杖が抑えた。
そこに刃を向ける。「あっ、」切っ先がそのままオオタケの胸を貫いた。
「う、ううううん・・・」膝から崩れ落ちていく。
そのとき貫いた剣が光を放った。まぶしい光が辺りを照らす。
わたしたちは目を開けていられなくなった。
物音が一切消えて、そのまま時が止まったような感覚に襲われていた。
どれくらいそうしていたのだろうか。
ようやく光が消えるとなにやらすぐ目の前に小さな蠢くものがあった。
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