15 剣の導く方へ

 姿を現した剣はきっとわたしが引き抜いたように見えただろう。

 でも実際は剣の方からわたしの手に身を寄せてきたのだ。


 それはずしりと重く、そして脈打つように一度震えた。

 つかには紅い房、さやにも同じ色の組紐が巻かれている。

「紐をほどき剣を身に着けよ」とその後すぐ「抜いてみよ」と声がする。


 腰には差せず背負って紐を胸に括り、いわれるままに抜いてみた。

 ゆっくり鞘から引き抜くと刀身が白銀にきらめいた。

 

 静かだった山々に風が吹き抜け木々がそよぎ始めた。

 月を隠していた雲もちぎれて消えていった。


 構えると勝手に動いている。引きずられていく。

 わたしはその動きにあわせるだけで精一杯だった。

 剣先が岩の切れた辺りの山頂を指して止まった。


 誰も口を開かない。わたしたちはその指し示す先を凝視した。

 そこへ「くくくくっ、・・・・」と

 どこからかくぐもった声がした。笑いをこらえているような声だ。


 次第に声は大きくなっていく。

「うはははは・・・・・」間違いなく剣の指す方からだった。

 奴だ。


 声のする方めがけて舞い上がる天狗の背が月明かりに浮かぶ。

 近付きながら翼の間から杖を手にして構えた。

 山伏の持つ錫杖だろう。「じゃらん」と鈴のような音がした。


 と同時に暗い山影が揺らいだ。「あっ、」「あああっ、」

 屏風岩を背後から支えている山裾が崩れてくるように見えた。


 あわてて後ろへ下がると、今いた場所に降り立ってきたものがある。

 大きい。屏風岩くらいはある。ゆうに五メートルはあるだろう。

 

 真っ黒い影が凝り固まって人型になったようなもの。これが大嶽丸、なのか。

 夜の闇とはまた違う黒い墨の塊。どろりとして見るからに気持ち悪い。 


「よう来た、お前たち。よう来たのう、我に屠られるために、ふっふふふっ・・」

 雷のように轟く声であざ笑う。

「大嶽丸!」空から天狗の怒りの声が降ってくる。


 頭には角のような突起、目や鼻、口があるはずのところは空洞になっている。

 それが顔なのだろう、こちらを向いている。


「お、おばあちゃん、わたしのおばあちゃん、は、どこ?」

「おお、これは、この声は、懐かしい声の響きにも似て、

 かぐわしい匂いもあるのう。ほれ、ここにもな。」


 嫌らしい口調だった。身体の芯から冷えてくる。剣を持つ手も震えてきた。

 わたしは腰を落として身構えた。そうしなければ足の震えを抑えられないのだ。


 大嶽丸は胸のあたりに手を、手のようなものを当てた。

 そしてこれ見よがしに掌をゆっくり開いた。

 目を凝らすとそこに微かに人のようなものが見える。


 丁度中天にかかった月がひと際輝きを増し、

 大嶽丸の全貌をわたしたちに見せた。

 胸のあたりにおばあちゃんが俯いて目を閉じている。

 黒いもやに搦めとられているそれは、

 蜘蛛の糸に捕らえられた蝶のようだった。


 身動きしない。息をしているのかどうかもわからない。

 白地の綿シャツの肩口が裂けて赤黒いものがのぞいている。

 

「おばあちゃん、おばあちゃん!」わたしはもう涙声になっていた。

「亜紀、亜紀ちゃん!」天狗も叫ぶ。「お前、まさかその人を・・・」


「心配いたすな。生きておる。そうやすやすと死んでもらっては困る。

 ここに役者が揃うまではと思っておったのだ。まあ、これで揃ったがの。

 お前たちの魂もすべてこの我がいただく。うはははははっ、」


 




 










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