10 大嶽丸
うっとおしい梅雨の日が続いたからだろうか、
通学路の青紫のガクアジサイが、凛として見えたからだろうか。
その夜の夢は、わたしに覚悟を決めさせた。
同じ夢を何度も見るようになったある日、わたしはたまらず彼に連絡を取った。
田中直樹、今頼れるのは彼しかいないと思ったのだ。
彼もこのままわたしとおばあちゃんを放っておけないと思っていたという。
おばちゃんから渡された遺品のノートには特に目新しいことは何もなく、高橋さんのことがまったく見えてこなかったらしい。
だからといってこのままなわけがない。わたしたちにまた何かが起こる。
そこに必ず高橋さんの遺志も相まって、予期せぬことが起こるだろうとそう思っていたのだ。
「そのとき力になれることがあると思う。それに、事の顛末を見届けたいのです。」
とそういう彼とわたしたちは、頻繁に連絡を取り合うようになった。
「なんだかわたしたち、呪われてるみたい、同じ夢に襲われているみたいです。」
なすすべもないわたしに、
「それなら、夢を見ているとき、なるべく注意深く観察してみたらどうかな?」
そしたら何か分かってくることもあると思うという。
屏風岩から帰った夜に見たあの夢。あの夢が繰り返され寝不足が続き、そのせいでせっかく入学した念願の中学も楽しめないままだった。
夢のことを考えていると授業に集中できない。
こんなこと学校の誰にも話せないから、友だちを作るのもためらっていた。
ただ、なかなか決められなかった部活はやっと決めた。剣道部に。
そうこうしているうちに六月も過ぎていた。
いわれたように夢の観察を続けていると、わたしの中に徐々に湧き上がってくる思いがあった。
負けたくない。恐怖に負けたくない、自分に負けたくない。
遭遇した者たち、夢の物語、現実と非現実の間で悶々とするしかない今の状況に、
負けたくないという思い。
そして「タテエボシ」の姿だ。剣を振って舞うあの姿が、まざりっけのない真っ直ぐな視線が、とても悪女、魔女の類には思えなかった。
彼女の内側を感じるたびに、ひるまず突き進んでいるように思えて、それが何だかとてもかっこいいと思ってしまった。だからわたしも剣を振ろうと決めたのだ。
同じ夢をおばあちゃんも見ていた。
家のご先祖が京都から移り住んできたことや、東北と行き来があったことも分かってきた。それだけではまだ「立烏帽子の系譜」の意味には繋がらない。
だけど、薄々感じるようになってきた。
わたしは、わたしたちはタテエボシとつながる者たちなのだ。
そしてわたしは今、朝五時起きして、ジョギングとストレッチと素振りを欠かさず身体作りを始めた。
何が出来るのかは分からないけれど、とにかく今自分に出来ることをしようと思った。来るべく日に備えようと思ったのだ。
これまでとはまったく違う夢が、わたしに覚悟を決めさせた。
この夢を見させたものが誰であれ、これもまた警告なのだろう。
必ず来るという。
馬を連ねた兵士たちとその後を密かにつけるもの。その名はオオタケ。
屏風岩の山裾ではオオタケが都の軍勢を率いる者に密告し、タテエボシを待ち伏せさせていた。
奥州のアテルイの治める
オオタケはアテルイと同郷でありながら、アテルイを追い落とし自らが奥州を支配すべく密かに画策していた。
タテエボシにも邪まな思いを募らせ、危うい状況に追い込み己のものにするという策を秘め軍勢の後をつけていた。
ところが、そんなオオタケの策略を見抜いていた者がひとりいた。
それが坂上田村麻呂その人だったのだ。
そこから遡ること二年前、蝦夷討伐の東征に失敗した軍勢の、そのときはまだ副使であった坂上田村麻呂が、タテエボシの潜伏している山に派遣されていた。
抵抗する様子もないタテエボシの、その腰の剣に同じ一族の紋章を見た田村麻呂は、手勢を下がらせふたりきりで相対した。
なかなか捕縛の報も兵士たちから聞こえないため、しびれを切らしたオオタケは、田村麻呂に切りかかり手傷を負わせ、タテエボシの仕業にしようと背後から躍り出た。
切り結ぶタテエボシとオオタケ。田村麻呂も剣を抜くが手出しできずにいた。
剣の使い手であることが、武芸に通じる田村麻呂と同門の証といえた。
「タテエボシ、お前はわれのもの、われと夫婦になりこの世を支配するのだ。」
「私は、田村麻呂様と共に・・・」
「なんと、裏切者め、やはりお前は都もの、我らの敵であったのだな」
そして、オオタケの胸を貫くタテエボシの剣が、貫いたまま屛風岩に突き立ち、断末魔の叫びととともにオオタケの姿は鬼へと変わっていく。
「オオタケ、お前は今の自分の姿が分かっているのか、
お前は、お前は今、鬼になろうとしておるぞ。それも醜い汚らわしい鬼に、」
「この恨み、晴らさで、おくべきか。末代まで祟ってやる。
いいか、タテエボシ、お前の子々孫々まで、われの恐ろしさを、知らしめてやる」
最後まで邪悪さを募らせ鬼の姿になったオオタケは、そのまま地獄へ落ちていくのだが、
伝説の鈴鹿山の「
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