第4話  ぐいぐい

 困ったことになった。


 久しぶりの帰郷だというのに、明後日には帰らなくてはいけなくなった。


 いや、正確には自分がそうしたくなる理由ができたんだ。




 翌朝、はやる気持ちがあったのか、随分と早い時間に目が覚めた俺は、一人でまた裏山にある例の祠のある場所へ来ていた。父親の晩酌用の一升瓶から、コップ1杯の日本酒をもらってきたものをまずそこに供えた。


「神様、沢山のサプライズをありがとうございます。」


 幼なじみの佳奈、そして好意を寄せていた女性からの誘い。どちらもこの数年を事務的にこなすように生きてきた自分にとっては、身に余るものだった。まず感謝の気持ちを伝えるべきであろうとそうはしたが、俺はその場所にしばらく留まり、困ったことになったと、まるで浮気でもしているかのような気持ちで今後のことを考えていた。


「俺はきっと、二股とかできるタイプではないだろうな。今でさえこんななんだから。」


 昔から自分は他人の心象を悪くすることに不安というか、悪く言えば気が弱かった。悪いことをしてはいけない、他人を傷つけるのはいけないことだと、家族によく教え込まれているからなのかもしれない。もちろん、そう思えることは良いことだと理解しているが、自分が今後取る言動が、二人の女性に対して誠実ではない結果になることに怯え、自分が素直に二人のどちらを選びたいのかなど正確にはわからなかった。


 数時間後、俺は佳奈の家の前に来ていた。電話をかけて、家の前に居るよと伝えると、1分もしないうちに玄関から佳奈が出てきた。今日は父親の車を借りて、二人でちょっとした観光地へとドライブする予定だ。せっかくの連休だ。少しでも休日らしい楽しみを佳奈と二人で過ごしたかった。


 1時間ほど車を走らせると、海に近い観光名所に着く。楽しみにしていた海鮮丼の有名な店は開店したばかりなのにすでに数人の列ができていた。数年ぶりに会ったというのに、俺と佳奈は車の中でも、列を並ぶ間も、まるでいつも二人でそう過ごしているかのように息が合っていた。


「ね、どれにするか決まった?私、ウニがのってるやつがいい。」


「うーん、俺はせっかくだから一番豪華なやつかな!」


「帰るまでにソフトクリーム食べるのは絶対だからね!」


「わかってるって。もう5回は言ってるぞ、それ。」



 距離が近い。腕に抱きついてきたりなどはないが、会話をしながら俺が佳奈の声を拾うようにと顔を少し傾けると、合わせるように佳奈の顔が至近距離に近づいてくる。少し甘えたような声色と、うっすらと赤く上気した頬を見せる佳奈は、まるで恋人同士であるかのような雰囲気を楽しんでいるように感じられた。そんな空気にあてられて、実は俺も普段より優しいトーンで話しかけてしまっている。明らかにこの状況は俺にとって心地が良く、健全な男が女性に感じる魅力を惜しみなく発揮された今を、一つも漏らさず堪能したいと思ってしまっている。


 特に笑えるような会話をしていなくても、二人は笑顔であった。時折、佳奈の手が俺の腕や背中に触れる。人の体温を感じ、異性の柔らかく魅了してくる一つ一つに、まるで熱に冒された気分になる。誰とでもこう感じるわけではないだろうと頭の中で思う。佳奈だから。それはすでにはっきりとしていた。


 食事が済むと、俺は土産処に寄って会社と、そして連休中に会うであろう宝生紗良へのお土産を見繕った。佳奈と一緒に居るのに別の女性へのお土産を選ぶ自分に罪悪感を感じないわけではなかったが。


 有名なお寺や、その参道での買い物巡りをして、約束通りソフトクリームを二人で食べた。こんな時間がずっと過ごせるなら、佳奈となら、楽しいだろうなと何度も思った。時間が経つにつれ、遠慮がなくなったのか、佳奈は自然と俺の腕に自分の腕を絡めてくるようになった。他人から見れば二人は恋人にしか見えないだろう。なんの懸念もなければ、すでに俺は佳奈との今後を間違いなく受け入れているだろう。そのくらい佳奈に惹かれていたのだが、宝生紗良の好意を匂わせる「これからはもっと押すね。」と言う言葉と、本当は彼氏がいなかった事実だけがずっと胸に引っかかっていた。


 紗良に恋人がいないと知った今、会社で俺にだけ見せる紗良の顔や態度を思い返していた。同い年とはいえ、部署も違う俺と仕事帰りの食事を取り付けてくる紗良。気晴らしになる相手として選ばれたのかと思っていたが、今思い起こすと嫌われてはいないのだろうというよりは、もしかしたら好意を持たれているのではないかと感じる方が自然であった。


 金の斧、銀の斧の話はどんなだったっけ?と記憶を思い起こした。鉄の斧を池に落とした人が「お前が落としたのは金の斧か?それとも銀の斧か?」と神様に聞かれて、正直に鉄の斧だ言ったら、金の斧も銀の斧ももらったんだっけ。今の俺と比べるにはちょっと筋が違うかも知れない。俺の今の状況に鉄の斧などない。あるのは金と銀の斧のような二人の魅力的な女性。自分の気持ちに正直になったからと言って、その二つを神様からもらったとしても困惑するだろう。とにかく、自分の気持ちを神様に正直に言えば良いってことかな。



 日が暮れる少し前に、そろそろ帰ろうかと言って二人は車に乗った。


佳奈「あー楽しかった。古都も良い休暇になったかな?」


古都「ああ、俺も楽しかった。付き合ってくれてありがとう。」


佳奈「あの、あのさっ、今日一緒にして、私のことどう思った?その、、前より好きになったとか、そういう感じ・・・ちょっとはある?」


 ちょっと踏み込んだ言葉に、どう返事を返すべきか頭に用意がなかった。ゆっくりと、適切な返事を選んで紡ぐべきだろう。


古都「それは、もちろん。」


佳奈「え、え、あ~。そ、そう。それは・・・良かった。」


古都「う、うん。」


佳奈「それでねっ、1個お願いがあるんだけど。」


古都「うん?」


佳奈「私、古都が帰るときに一緒に東京について行ってもいい?」


不安そうにのぞき込むような目で、こっちを見て小さな声で佳奈がそう言った。







 



 

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