第7話 コーシカ先輩は振り返る

 次の休日に柳の会社へ向かう約束を取り付けたコーシカ。

 大方の話を済ませた後、連絡先を交換し、今日はこの辺で…と言うことになり、本日は解散となった。

 気が付けば日も傾き良い時間になっていた為、柳はリアに今日はもう帰って良いと告げ、自分も会社に電話を入れて帰宅することを伝えていた。

「私たちは一度戻ろうね」

「はぁい」

 柳が会計を済ませ、それに頭を下げてお礼を言ってから、コーシカは芽衣子に声をかけた。

 そんなこんなで帰り道。

 柳とリアと別れたコーシカと芽衣子は二人並んで街の中を歩いている。

「でも、職場なんて散々探しただろうし、今更私たちが探しても見つかりますかね…」

「あはは。どうだろうね…。でも―… ちょっと気になることがあって」

「…え?なんです?気になることって…」

「…うーん…ただの気のせいかもしれないからまだ内緒」

「ええー?????」

 不満気に眉を顰めて口を尖らせる芽衣子に、まぁまぁと宥めるコーシカ。


 芽衣子としては、柳さんは一社員である南さんにちょっと入れ込み過ぎじゃない?まさか二人は不倫してたり?なんて、下世話なことをこっそり考えたりもしたのだが、さすがにコーシカに怒られそうなのでやめた。

 不倫男に自分の可愛い先輩が騙されてる…なんてことになったら、それはもうぶん殴りたいくらいに気持ちが悪いので、そんな妄想は下品な冗談でいいのだ。


 その後は、他愛のない雑談を二人で話しながら歩いていたのだが、芽衣子はコーシカが時折、自分たちの背後を気にする様子があるのに気が付いた。

「……どうかしたんです?」

「…うん?…あ、ううん。なんでもないの、大丈夫」

「?」

 コーシカは、少し慌てた様子でふるふると首を横に振ると誤魔化すように微笑んだ。芽衣子はその可愛らしい仕草には誤魔化されないぞ!という強い気持ちで、追求しようとしたのだが、「ほらほら、定時には帰りたいでしょ!さっさと戻ろ!」そう笑って、コーシカが肉球の掌で芽衣子の手をとり、引っ張り歩き出してしまったので、結局うやむやにされてしまったのだった…!


 そしてその日はそのまま、特に何事もなく過ぎ、その翌日—————。

 自体が大きく動いたのは、天気も良く晴れた昼下がり。

 コーシカがスマートフォンの画面を神妙な顔で眺めていたかと思うと、唐突に「…芽衣子ちゃん、私、少し出掛けてくるね。」と、芽衣子の返事もまたずに何処かへ出掛けて行ってしまった。

「…え?え?え?」

芽衣子は先輩の為に淹れたミルクココアの入ったマグカップを手に持ったまま。持っていく場所を失くし、ちょっとだけしょんぼりすることになってしまったのだった。



────────所変わって、某所。コンビニ前。


「コーシカさん!…ごめんなさい。急に来てもらって…」

「大丈夫ですよ~。連絡ありがとうございます!…それより…えぇと…」

小走りにかけてきたコーシカを迎えたのは南リアだ。

コーシカが笑顔はそのままに少し声を潜めると、待ち合わせをしていたらしいリアも、表情は変えないよう意識したまま声の音量を下げた。

「は、はい…。あの、メッセージを送った通りなんですが…誰かに…つけられている気がして…」

「…いつからとかはわかります?」

「…昨日、皆さんと別れた後に、なんとなく視線を感じて…気のせいかとも思ったんですが…」

「…あの後ですか…」

「朝、仕事に行くときも、妙に視線を感じて…昼休みも…それで、なんだか怖くなってしまって…」

リアは思い詰めたように表情を曇らせた。人の気配に過敏になっているのか、人が近くを通る度に小さくびくりと震えている。

「それはちょっと不気味ですね…。柳さんには話されました?」

「い、いえ…。今日は社長は仕事も忙しくて…なんだか申し訳なくて…」

「そうですか…」

しっかりとリアの目をみて、彼女を慰めるように優しく話を聞いているコーシカだったが、その耳は時折横を向いて、ほんの少しだけピクピクと動いている。

不審な人物はいないか、周囲の物音や会話、気配に警戒をしているのだ。

しかし、その緊張を破ったのは見知らぬ不審者、ではなかった。


「南さん」

「…え…。あ、暮崎くん…」


スーツ姿のまだ若いその男は、リアが名前を知っていることからしても、恐らく会社の同僚なのだろう。

驚くリアの様子とは対照的に、笑顔で歩み寄ってくる。


「外回りからなかなか戻ってこないから心配したんですよ?もう会社に戻りますよね?一緒に帰りましょう」


口調は穏やかで、表情もニコニコとしているが、なにか不気味なのは、リアは明らかにコーシカと言う他人と一緒にいるのに、まるで彼には見えていないような…そんな様子なのだ。

これには、当事者のコーシカだけでなくリア自身も違和感を感じたのだろう。暮崎と呼んだ男に向かって、いくぶん申し訳なさそうに返事をする。


「心配かけてごめんなさい。でもこのかたは社長も私もお世話になっているかただから…。ちゃんと挨拶してからすぐに戻るので、先に戻っていて下さい」


「──────」


特に同僚として当たり障りがある言葉選びでもなかっただろう。

気になることがあるとしても、会社に戻ってから質問すればいいだけのこと───────だったはずなのが、そうではなかった。


「…どうして!!!どうしてキミはそうやって聞き分けがないんだ?!そんなやつといくら話していたって無駄だってもうわかっているだろう?」


そう酷く苛立ちった様子に豹変し、彼女を怒鳴り付けると強引に手首を掴んで、無理やにり彼女を引っ張って行こうとしたのだ。

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