第13話 準備

「そう言えば……」

 俺は、公園へ散歩しに行った時の犬の行動を思い出していた。

 あれは、あの犬も生身の体を乗っ取ろうとして、あの飼い犬に憑依でもしようとしていたのだろうか。

 そう思って犬の行動を話すと、嶋田さんは青い顔をし、榊原さんは事もなげに頷いた。

「そうですね。早瀬さんが影谷さんに成り代わった後、その犬を飼うつもりだったのかもしれませんね」

「……俺、どういう顔をして霊田──早瀬さんと犬に会えばいいのか」

 それに榊原さんは真面目な顔をして言う。

「今まで通りですよ。それに、早瀬ではなく霊田と呼んでください。まだどうにか片をつけるのに準備の時間がいりますから、その前に知られたと感づかれて計画を早められては困りますからね」

 自信がない。

「命がかかってるんですから、がんばってくださいよ」

「はあ」

「影谷さん、がんばってくださいね」

「はい!がんばります!おおきに!」

 嶋田さんのエールだと、がんばれる気がした。そういうものだ、男というものは。


 事務所を出ていつも通りに会社に戻る。

 心配したわりには、人目のあるところでは話しかけることもないし、いつも通りに振る舞えたと思う。

 ただ、同じ仕事をしただけなのに、いつもより気疲れした気がする。

 そうしてどうにか毎日を過ごし、数日後、榊原さんから準備ができたと言われた。休日に榊原さんと嶋田さんが遊びに来て、早瀬さんと犬を家から出し、調査、浄霊をすることになっている。

「掃除や!」

 俺は残業から戻ると、夜中だというのに掃除機をかけ、トイレもキッチンもしっかりと、家中をきれいにした。

 嶋田さんは紅茶党だと聞いたので、ティーバッグではあるが紅茶を買ってきた。榊原さんもそれでいいだろう。

「お茶菓子もいるなあ。駅前のケーキ屋に寄ってみよ。

 嶋田さんは、生クリームのケーキかチーズケーキが好きって言ってはったなあ。榊原さんはどうでもええけど」

 考えるのは、風呂に入っている時に限る。

 これまでの人生で、女子と付き合ったことがないのだ。部屋へ入った女子なんて、母親と祖母と、家庭訪問の時に全員自室を見せるようにと言った中学一年の時の担任くらいのものだ。

 俺は目的も見失いそうにわくわくして、その日を指折り数えた。

 やや霊田さんが様子を窺うような気配を見せて、

「なんかあったん?」

と訊いてきたが、

「何もないで」

と答えてシラを切り通した。

 少しだけ後ろめたい気もしたが、嶋田さんのストーカーかもと考えると、そんな気はなくなった。

 それでこまめに榊原さんのいる店に顔を出し、その日を待つことになった。



 

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