第12話 緊急会議

 翌日、なるべくいつも通りを装って俺は出社し、いつも通りに榊原さんのいる店に急いだ。

 霊田さんはやはり事務所の手前で足を止め、俺はひとりで事務所に入った。

「どうも、まいど」

 今日は仕事ではないのでその挨拶はどうかと思うが、クセと、霊田さんをごまかすためには仕方が無い。

 先に着くようにしてもらっていたので、昨日訪ねて来ていた嶋田さんという女性は既に事務所にいて、榊原さんと向かい合っていた。

「ああ、影谷さん。おはようございます」

 榊原さんが立ち上がり、俺は頭を下げた。

「すいません。こんなことをお願いしてもうて。でも、ほかに良い場所を思いつかんで」

「いえいえ。いい判断だったと思いますよ。ここは私が結界を張っていますので、入ってこられないんですよ」

 俺は胃の辺りがきゅう、となるのを感じた。

 女性が立ち上がり、俺を見て言う。

「嶋田夏帆です。昨日もご挨拶はしたのですが、すぐに、中身が変わったようになってしまって」

 俺は頭を掻いた。

「ああ、すいません。自分も、会ってすぐから記憶がないんです」

 聞いていた榊原さんが、考えながら口を開く。

「影谷さんは、憑かれているという自覚はあるんですよね」

「はあ。いい人みたいに思えたんで、まあいいかと……」

 嶋田さんは「え」という風に口を開け、榊原さんは苦笑した。

「いい人、ねえ。

 まあ、始めから話を伺いましょう。それからこちらのお話を聞いた方がわかりやすいでしょうから」

 そう言われ、俺たちは来客用ソファーに座って、引っ越してから今日までの事を話し始めた。それを聞いていた嶋田さんは眉を寄せていき、榊原さんは真剣な表情をしていたが、聞き終わると、

「もう危ないところだったようですよ、影谷さん。

 なんというか、おおらかと言うか、危機感が無いと言うか……」

と言って溜息をついた。

 次は自分だと、嶋田さんが話し始める。

 それによると、霊田さんと仮に呼んでいる人は早瀬洋一郎という名前だそうだ。嶋田さんとは大学の時に同じサークルに入っていて、話はしたことがあるそうだ。その後自分の家の近く、つまり今俺が住んでいる部屋へ引っ越してきて、よく近所でもばったりと会うようになったらしい。

 しかしその後早瀬さんは事故で亡くなったそうだ。

 この前の休日、嶋田さんは出かけていたら知らない人──俺──に親しげに声をかけられ、誰かと思い出そうとしていたら、早瀬さんと同じような話し方や独特の目つきをしたので、

「早瀬君?」

と言ったら嬉しそうに笑い、

「やっぱりわかってくれたんだね。もうすぐ上手くいくよ。だから待ってて。予定通りに、結婚して、子供も作って、幸せになろうね」

と言ったそうだ。

 嶋田さんは気持ち悪くなって、その場から逃げたらしい。

 でもその後気になって、早瀬さんが住んでいたマンションを訪ねてみたところで、散歩から帰ってきた俺と会ったということだった。

 俺も嶋田さんも榊原さんもしばらく黙って、考えた。

「霊田──いや、早瀬さん。もうすぐ上手くいくって何のことなんや。予定通りにって、そんな予定ありましたん?」

 嶋田さんは激しく手と首を横に振った。

「とんでもないです!顔は知っているし、会えば挨拶はしましたけど、友達というほどにも親しくはありませんでしたよ」

 榊原さんは短く嘆息した。

「勝手に早瀬さんがその気になっていたんでしょう。近所に引っ越したのも偶然では無く、ストーカーだったのではないですか」

 嶋田さんは顔を強ばらせ、俺も眉を寄せた。

「あきませんやん、そんなこと」

「いや、影谷さん。あなたも他人事じゃないですよ。たぶんですが、早瀬さんはあなたの体を乗っ取って、あなたとして生き直していくつもりですよ。嶋田さんと結婚してね」

 嶋田さんも衝撃を受けたような顔をしていたが、俺もショックだった。

 それとついでに、こんな時だが嶋田さんのショックの意味も少しだけ気になった。早瀬さんの思惑に衝撃を受けたのか、使うのが俺の体というのに衝撃を受けたのか……。

 それに気付いているかのように、榊原さんは俺を見て小さく笑った。


 





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