第6話 ペット

 それから、ある種奇妙な同居が始まった。

 霊田さんはしゃべれないし飲食はできないが、俺が帰ってテレビを見ていると一緒に並んでテレビを見ているし、洗濯物をたたんでいてくれたり、寝坊しないように二度寝しそうになった時には起こしてくれる。

「それで、榎本さんがなあ」

 俺はその日にあったことを喋って、霊田さんが大人しくそれを聞く。

 一人暮らしに憧れていたわりに大変さと寂しさを感じていた俺は、この毎日を快適だと思い始めていた。

 しかし、ふと考えた。

「昼間、一人で寂しないん?」

 いいえ。

「それやったらええねんけどな……」

 少し、昼間の霊田さんが気になってきた。


 翌日、会社帰りにそれを見た。子犬だ。ただの子犬ではない。

「うおお。犬の幽霊や」

 車にひかれでもしたのだろうか。半透明の豆柴が、人気の途絶えた道ばたで俺を見上げている。

「あかん。あかんねん。マンション、ペット禁止やから」

 俺は目をそらして通り過ぎ、数メートル先で足を止めて振り返った。

 子犬と目が合った。

「あかんねんって……」

 俺は足を早めた。


「ただいまあ」

 家へ帰ると、いつも通り霊田さんが玄関先に出迎えてくれている。

 その霊田さんの視線が下へ向く。

 そう、犬だ。さっきの幽霊の犬が着いて来たのだ。

「ペット禁止やねんで。バレたらどないしょう」

 言ってから気付いた。

「そうか。見えへんねんなあ。じゃあバレへんか」

 子犬は尻尾を振った。

 実は、犬を飼ってみたいと子供の頃から思っていたのだ。

 まあ、思っていたのと違い、散歩や餌やり、シャンプーなどはできそうもないが。

 でも、霊田さんと無言のままに目を合わせている姿は、何か会話をしているようだし、心なしか霊田さんの表情が柔らかくなっているような気もする。

 何より、これで霊田さんも昼間に退屈しないで済むだろう。

 俺はそんなことを考えて、満足げに頷いた。

 家へ上がり、いつも通り着替えて半額弁当を食べ始める。

 霊田さんはいつも通りに俺の隣に来て、俺をじっと見ているし、子犬は部屋の中を一回り歩いた後は俺の横に座っていた。

「今日行った取引先で、おもしろいおばちゃん見つけてん」

 そして俺が話すことを、熱心に聞いてくれる。無表情だし返事も相づちもないが、俺はなんとなく、心が安らぐ気がしていた。

「はあ。風呂、入ってくるわ」

 そう言って立ち上がると風呂場へ行く。既に霊田さんが乾いた洗濯物をたたんでくれているので、ぽいぽいと脱いだものを洗濯機に放り込んで行く。

 そして、ふと腹を見た。

「最近、ベルトが緩くなったなあ。痩せたんかな」

 運動不足と不規則な生活と偏った食事で、少々腹回りを心配しつつあったのだ。これはラッキーだ。

 俺は鼻歌を歌いながら風呂に入った。


 その夜中、俺は何となく目を覚ました。

 レールカーテンで仕切られた向こう側、リビングの方で、霊田さんと犬が向かい合って見つめ合っていた。

 幽霊同士で何を話しているのかと、ちょっとほっこりとしていたら、揃って俺の方へ首を向けた。

 その途端、理由はわからないが少し怖くなり、俺は目を閉じて目が覚めていないふりをした。そして、寝返りを打つようにして反対方向を向いた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る