第二十七話  これが二人の幸せタイム?

「この瞬間が、今のお母さんの幸せを感じる時間なのよ」

「わかる。わかるわぁ~」

 姉ちゃん帰還時に、また来て来て言っていたので、結依ちゃんは今日、宿題を持ってやってきたのだった。

 今日は理科。教科書を見ながら穴埋めしていく、オーソドックスな宿題。

 今日の結依ちゃんは、薄いピンク色のブラウスに、白色のスカート。髪はひとつにくくって下ろされている。

 僕は深緑色の長そでシャツに、ジーパン。

 その僕らを眺める人が二人、向かいに座ってる。

 テーブルの上には勉強の道具以外にも、母さんが作ったレモネードも、それぞれの前に置かれている。

 姉ちゃんがいるので、久々に鷹コップが活躍している。

「結依ちゃーん。ちょーっと失礼しまーす」

 結依ちゃんが教科書を確認していたところに、姉ちゃんが……結依ちゃんの後ろに立って……?

 あ、くくられていたヘアゴムが解除され? もう一回結ばれ? 出来上がったのか、姉ちゃんは前から結依ちゃんを見て、

「かーわーいーいー!」

 姉ちゃん両手ぐーでテンション爆上げ!

 なんと結依ちゃんは、ポニーテール化されてしまった!

 結依ちゃんは、首の辺りを両手でさわさわしている。

「妹がいるって、いいわぁ~」

「家に女の子がいるって、いいわぁ」

 おまわりさん、ここに人さらいが二人いまーす。

 あ、結依ちゃんがこっち向いた。

(お~……)

 結依ちゃんといえば、ほとんどが下ろされていて、たま~に今日みたいにひとつにくくられて下ろされているかくらいなので、そのどちらでもない結依ちゃんの髪型は、たしかにいつもとちょっと違う感じ。

「い、いいと思うよっ」

 しばらく僕を見ながらまばたきしていたけど、再び首の辺りをさわさわしていた。


 姉ちゃんがどこか行ったと思ったら、結構早く戻ってきて、

「失礼しまーす」

 また結依ちゃんの髪をいじりだした。髪が解かれて~……よく見たら姉ちゃん、ヘアゴムをもいっこ持ってきていて……?

(まっ、まさかそれは……!)

 出来上がって、姉ちゃんはまた前から見て、

「かーわーいーいー!」

「こういう結依ちゃんもいいわねぇ!」

 前に座る人さらい二人はさらにテンション↑アゲアゲ↑。また結依ちゃん、首の辺りをさわさわ。

 あ、結依ちゃんが手を下ろして、こっち向いてくれた。

「ぶはっ!」

 なんとそこには! ツインテツインテール結依ちゃんが存在していた!

 まとまった髪が左右両方から、ぴょこんと飛び出て下りている!

 結依ちゃんまばたきしてるぅ!

「いっ、いいと思うよっ!」

 まばたきしながら、また首の辺りをさわさわ。


 姉ちゃんはそうして、結依ちゃんの髪を遊ぶだけ遊んで、どこかへお出かけするみたいだ。こっちにいる友達に会うらしい。

 それに合わせて母さんも、レモネードを持って、リビングから出ていった。

 またやってきた、結依ちゃんと二人の宿題タイム。

(髪型っ)

 姉ちゃんによるツインテなままだけどっ。

(宿題宿題宿題……)

 レモネード飲もう。すっぺうま。

(ちらっ)

 そりゃ見ちゃうよ。こんな超スーパー激レア結依ちゃん。

 僕が見ると、僕を見てくる結依ちゃん。お顔が正面になって、

「ぶふっ」

 絶大な破壊力である。

「……そんなに変?」

「あいや、変っていうか、なんか、いいよ、うん」

 だからつまりこれを変ということなのか、という議論はさておき。

 無言のまばたきっ。

「ほら、それだけ僕は、髪下ろしている結依ちゃんか、ひとつにくくってる結依ちゃんを見てきた、っていうことだよ。たぶん」

 くっ。まばたき中ですらずっとツインテなわけなので、持続攻撃半端ねぇ。

「……蘭子お姉ちゃん、元気だね」

「相変わらずだよね」

 表情がいつもの結依ちゃんに戻ってきた。髪型はあれだけどっ。

「雪忠くんも、蘭子お姉ちゃんに、よく髪を遊ばれたの?」

「僕は短いままだから、別にそんなことはなかったよ」

 姉ちゃんはよっつ上だし、基本的にはおない同じ歳の友達と遊ぶわけだし。

「結依ちゃんは、勇太くんの髪で遊んだ?」

「そんなことしない」

 姉ちゃん、聞いたかい? 今いないけど。

 髪で遊ぶって、そんな発想ならないよなぁ。

(髪、ねぇ……)

「結依ちゃんは、髪で遊ばれても、怒らない?」

「怒らない」

 結依ちゃん優すぃ!

「ふぅ~ん」

(……髪、ねぇ……)

「……ほんとに怒らない?」

「さっき怒らなかったよ?」

「せやな」

(…………髪、かぁ……)

「……じゃあ。僕が触っても……怒らない?」

 なんて、つい聞いてみた。

「……うん」

 やや時間差だったけど、うんいただきました。

「ふぅ~ん……」

 結依ちゃんこっち見てる。あ、ちょっとだけ視線下がった。

 よし、レモネードだな。すっぺうま。

(宿題宿題……)

 僕はFの鉛筆を手に取って、理科の宿題プリントを再開させた。

 結依ちゃんも再開させたようだ。

 理科はそんなに多くないから、一気に突破しちゃおう。

(………………髪、ねぇ……)

「ゆ、結依ちゃん」

 僕が結依ちゃんの方へ向くと、僕を見てくれる結依ちゃん。

「ぼ、僕もちょっとだけ……髪、触っていい?」

 まばたきする結依ちゃん。

「うん」

 許可いただきました。

「ああ、えとー、じゃあ……」

 僕は立ち上がって、体ごとこっちを向いている結依ちゃんの前に立った。

「……し、失礼します」

 特に言葉はなかったけど、手は太ももの上辺りに置かれている。

 僕は~……右手をぉ~…………

(おお~……)

 これが結依ちゃん頭! ぽんぽんしよ。

 なんだろう。なんていうかな。他のだれにも思ったことがなかったのに、結依ちゃんだったら、髪を触りたいと思ってー……。

 だからなのかな。結依ちゃんって、僕にとっては、やっぱり特別な感じなんだろうなぁって、改めて思ったというかなんというか……。

「……怒ってない?」

「うん」

 いつものうんですね。

(では、名残惜しいですが、この辺りで)

「ご、ご協力、ありがとうございました」

 僕は結依ちゃんの頭から手を離して、自分の席に着きました。

 結依ちゃんは~……ちょぴっと笑顔? 怒っていないようでよかったです。

「……雪忠くん」

「やっぱり怒りましたか!?」

「ううん」

 首を少し横に振る結依ちゃん。

「……左手、出してください」

「左手? はい」

 結依ちゃんの御命令は絶対なので、僕は素直に左手を差し出した。

(ひょうぉふぁ~!)

 ゆっくり結依ちゃんの両手が動いたと思ったら、手をにぎぎにぎにぎぎのぎ。

 相変わらず結依ちゃんのおててはすべのすべですべすべすべべです!

 そして結依ちゃんなぜかここでも笑顔!

「……怒らない?」

「おっ、怒るわけないよ。うれしいから」

(はっ)

 あまりの焦りで、思わず心の声がぽろっと……。

 すると結依ちゃんが、これまたみるみる笑顔度がパワーアップ?

 あ、ここで握りを解除した結依ちゃん。体もテーブルの方へ向いた。

 その両手おてては、両ほっぺたに当てられて……程なくして、鉛筆を手にした。

(宿題宿題宿題……)

 僕も宿題しよう。大丈夫、右手は握られてないから、ちゃんと文字を書けるはず。

「……あ、結依ちゃん」

 僕は教科書で確認した文字列を、プリントに書いてから、顔だけ結依ちゃんの方へ向けた。

 結依ちゃんも、鉛筆を両手で持って、僕を見ている。

「治ってよかった」

 母さんの勢いがすごすぎて、言ったか言ってないか忘れちゃっていたので、今言った。

「雪忠くんのおかげ」

「僕マンガ読んでたくらいじゃない?」

 笑顔結依ちゃん。

「雪忠くんがいてくれると、私、元気になるって、いつも思っていたけど……」

 ちょっとだけ自分の鉛筆を見て、またこっち向いて、

「かぜのときに来てくれて、もっと思った」

「そ、そんなに効果あった?」

「うん」

「ひょっとしたら、アイスクリームの効果なんじゃ?」

 う。結依ちゃん笑顔でこっち見ながらまばたきしてる。

「はい、結依ちゃんの言うとおり、僕の効果です」

 あぁもうほんとなんでも笑ってくれちゃうんだね結依ちゃん!!

「雪忠くんは……蘭子お姉ちゃんが引っ越して、さみしかった?」

 うぇ? なんでここで急に姉ちゃん?

「あいや……そんなに? 姉ちゃんらしいなって、思ったくらい?」

 僕はまぁ、そのまま答えたけど。

「……もし。雪忠くんが、引っ越しちゃったら……」

 たら?

「……さみしくて、耐えられないです」

(ぶぐはぁ~っ……)

 結依ちゃん……不意打ちでそんな大威力なのは、だめだよ……ただでさえ、結依ちゃんと一緒にいるだけで、どきどきしてるんだからっ。

「だっ、大丈夫だよっ。僕だって、結依ちゃんと遊んだり宿題したりしたいから、結依ちゃんのいないところへ引っ越すとか、たぶんしないよ。ああたぶんじゃなくて絶対!」

 絶対っていう言葉は、あまり乱発していいものじゃないって聞いたけど、ここはもう絶対を使っていい場面っしょ!

「よかった」

 この笑顔結依ちゃんを見られないとか、僕だって耐えられませんよ!!

「高校だって、大学だって、もちろん結依ちゃんと一緒のところに行きたいから! だからこれからも、一緒に宿題してくれるよね!?」

 実は高校とか大学って、いまいちピンと来てないけど、でも結依ちゃんと別々よりかは結依ちゃんと一緒の方が、いいってことくらいはわかるっ!

「うんっ」

 笑顔な結依ちゃんは、右手をほっぺたに当てながら、はっきりとうん言ってくれました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る