第12話 幼馴染と約束②

「ゆーめーじんさん。こんにちは」


 放課後、俺にそう声をかけてきた千明ちあきの顔は、ぶん殴りたくなる程、楽しそうな表情をしていた。


「すんごい嫌そうな顔」

「早く部活いけよ」

「いやぁ、学校一の美少女と付き合う男の顔は見といた方がご利益ありそうじゃん」

「別に付き合ってねーよ」

「あれ? そうなの?」

「そうだよ」


 とはいえ、そういう勘違いが広まってくれると、本来の目的は満たせそうだ。


「けど、ゆきんちゅが否定したところでって感じではあるなあ」

「まあな、小学校の頃もそうだったしな」

「なら、これで厄介なのが寄り付きにくくなるんじゃないか?」

「…………お前」

「ん?」


 こいつ、俺が琴歌と距離を縮めてる理由をわかって言ってるのか? 別にバレても問題はないだろうし、変に他人のことを言いふらす奴でもないのはわかってる。けど、思考を読まれてみたいでなんか癪に障るな。


「そんなことより、ゆきんちゅは体育の選択はバスケか?」

「ああ、バスケかバレーだっけ、バスケにしたよ」

「やっぱり未練でもあるのか?」

「ないよ。そんなもん」


 確かに中学時代はスタメンにもなれなかったが、何度か試合には出れたし、最後の試合にも少し出れた。三年間通して、チームメイトとも仲が悪いわけでもなかったし、何か大きな怪我とかアクシデントもない。確かに皆とは、殆ど部活中くらいしか話さない程度の関係だったけど、それでも関係は良かった。


 逆に変に距離が近い方が仲が悪化しそうな雰囲気はあった。女の趣味とか聞いてくる奴もいたし、俺はそういう話を堂々とするのは少し抵抗あったから……。


「ホントにー?」

「ねーよ。未練があったら部活に入ってる」


 三年間の練習は千明との自主練も含めて大変だったが、それが無駄だったとは思わない。上達する楽しさを覚えることはできたし、精神的にも強くなれたと思う。ただ…………


「部活に入んないのは、ただ疲れたからゆっくりさせてほしいだけだ」

「お前は本当に社畜みたいな台詞吐くにゃあ……」

「逆に普段からこういう台詞聞いてるのかと勘ぐってしまうが?」

「弟ってのは辛いよな……」

「あっ……。いや、俺一人っ子だからわかんねぇけど」

「ちくせう」


 千明に姉がいるのは知っている。何度か会ったこともあるが、そのお姉さんももう社会人になっていたのか。


「はあー、嫌なこと思い出したからもう部活行くわ」

「ストレス発散目的かい」

「ゆきんちゅがいたらなぁー」

「何をするつもりだよ……」

「はっはっは」

「笑って誤魔化すな」


 目が笑ってねぇし。


「そいや球技大会はそのままバスケか?」

「球技大会……何があるかわかんないけど、多分そうだな」

「サッカー、野球、バレー、バスケだよ。聞いてねーのかーい」

「忘れてた。じゃあバスケかな、千明もだろ」

「まーそうだけど、七月だからな。大体の運動部は手伝い程度で試合には出ないぞ」

「あー……時期的に怪我はしたくないもんな」

「そういうこと、じゃあな」

「ああ」


 軽く手を振ると、千明は教室から出て行き部室に向かう。


「未練、か……」


 別に俺にはないけど、あるとしたら…………。


「俺も帰るとするか」


 明日からはゴールデウィークに入る。とはいえ、学生たちにとっては後半の連休が本命だ。うちの両親は前半の平日に休みを入れて長期休暇になる。本当に仲が良すぎるうちの親は、二人で旅行に出掛けることを計画して、俺も誘われたが面倒なので断った。多分行けば楽しむとは思うけど……。


 ちらりと、隣の席を見る。琴歌ことかは既に帰った後だ。バスの時間もあるだろうし、放課後はあまり余裕はなさそうだ。琴歌の席を見た理由は、別に……特にない。







“帰りに卵買ってきて!”


 母さんから届いたそんなメッセージで少し寄り道をした帰り道。卵だけを買ったせいで、自転車の籠に置くと段差を跳ねるときの衝撃で割れそうになって、少しスピードを落として自転車を漕いでいた。

 慎重に自転車を漕いで、もう降りて歩こうかとも思った時だった。

 

「あれ、琴歌?」


 家の前に琴歌が立っているのが見えた。白金色の髪が夕日に煌めいて風になびいている。その美しさに思わず目を奪われそうになりながら、俺は自転車を降りてゆっくり近づいた。


「おかえりなさいユキくん」

「た、ただいま」


 なんだかこそばゆい感覚を覚えてしまう。


「卵は買ってきましたか?」

「買ってきたけど、琴歌が使うのか?」

「いえ、さっきユキくんのお母さんに言ったら、買い物に行ってるって聞きましたので」

「ああ、そうか。でもなんで家の外に」

「夕飯の時間も近いですし、居たら私の分も作ってしまいそうな勢いだったので、そこまで長居するつもりもありませんから」

「なるほど? じゃあ俺に用があったのか?」


 俺のことを母さんに聞いて、外で待っていたということはそういうことなのだろう。


「はい。その……お願いがありまして……」

「お願い?」

「はい……」


 琴歌は手を後ろに回して、身体を少しくねらせてもじもじとしている。放課後、夕暮れ時、周りには誰もいない、二人きりの時間。琴歌の陶器のような白い頬が、赤くなっているように見えたのは夕焼けのせいだろうか。


 様子のおかしい琴歌を見て、こっちも落ち着かない。脳裏によぎるのは昨日の『依河くん並みに仲が良くないと、付き合うとか考えられないですもんね』という言葉。まさか、な………………。


「あの、ユキくん……」

「はいっ!?」


 やっべ、声が裏返った。でも、琴歌は気にしてない様子で、一つ深呼吸をして顔を上げる。唇を噛みながら、青い瞳が真っ直ぐに俺のことを見つめてくと、俺も変に身構えてしまう。

 そして、琴歌はゆっくりと口を開いて、言葉を紡いだ。


「私に……──バスケを教えてくれませんか?」

「……………………はい?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る